第59回 『10皿でわかるイタリア料理』、幕内土俵入り、団十郎と宮尾登美子、安藤美姫、アンディ・マリー

×月×日 日本経済新聞出版から「10皿でわかる……」シリーズが、刊行された。最初は、宮嶋勲さんの『10皿でわかるイタリア料理』。
「生ハムとサラミ」、「アリオ・アリオ・エ・ペペロンチーノ」、「バーニャ・カウダ」など日本人に親しまれているイタリア料理を通して、イタリアの食文化を論じている。
 長靴の形に似ている地政学的特徴から、南北の気質、昼食と夜食の考え方等、グルメ案内やイタリアワインのガイドとは、一味異なるイタリア文化論が展開されている。
 もちろん、店の情報や料理とワインの相性などにも言及しているので、旅行案内にもなっているのだが、それだけを目的に読んだのでは、もったいない。
 著者の宮島勲さんは、ローマの新聞社で働いていた経験もあり、イタリアの「ミシュラン」と言われる「ガンベロ・ロッソ・レストランガイド」の執筆スタッフを務めている。1年の3分の1をイタリアで過ごしているイタリア通だ。
 新しいスタイルの「食文化論」の筆者としては、格好の人を見つけ出したものだ。
 これからの、「10皿」シリーズに注目していきたい。

×月×日 大相撲の名古屋場所が始まった。果して大関、稀勢の里が綱を張れるのか、期待は大きい。何しろ、久しぶりの日本人横綱の誕生だもの。
 ところで毎日中入りになると、幕内力士の土俵入りが行われる。横綱を除く全幕内力士が東、西から土俵に順に上がり、土俵の周りで化粧まわしを少しつまみ上げて、両手を上げる。
 土俵に上る時、東西の勝負検査役の前を通らなくてはならない。昔から、人の前を横切るのは、非礼とされている。だから、検査役に向かって会釈するのが普通だ。ベテランの大関ともなると、軽く手を上げて、「失礼します」という仕草をしたものだ。
 ところが、最近は検査役に向かって深々と頭を下げてお辞儀をしていく関取が目につく。会釈程度で良い。あまり丁寧に一礼すると、有利な判定を貰おうとでもしているのか、とも思えてしまう。堂々と毅然として、土俵に上ってほしい。

×月×日 「新潮」7月号に掲載されている宮尾登美子さんの「柝(き)の音(ね)の消えるまで — 追悼市川団十郎翁」が話題になっている。
 宮尾さんの小説『きのね』は、12代団十郎の母親を描いたものだ。母親の経歴、すなわち団十郎の出自は歌舞伎界にとっては、あまり触れて欲しくない「事実」だった。
 朝日新聞に連載小説の話が広まると、多くの妨害が入った。勧進元の松竹社長のN氏が反対の急先鋒となる。
 肝腎の団十郎の態度が煮え切らない。「これだけは書かないでくれ」ということがあれば、絶対に書かないと約束するから、とまで言っても、イエスでもノーでもない。
 これを読んで、宮尾さんの執念を「作家の業」と片づけていいものか、どうか。もし、私が編集担当者だったら、あまり気乗りはしなかったと思う。

×月×日 スケートのミキティこと安藤美姫選手が出産し、「未婚の母」になったニュースは衝撃的だった。テレビ朝日の「ニュースステーション」のスクープだが、今年最大の「特ダネ」だろう。
 スポーツ界での「シングルマザー」は珍しい。女性が主体的行動を取る、昨今の風潮に合致している。桐島洋子、残間里江子、俵万智などに次ぐ「慶事」となるだろう。
 と言っても、「最良の選択」と決断して出産したのだから、外野からあれこれ野次を飛ばしても仕方がない。ここは、祝福するのが、当たり前だ。メディアは「父親捜し」に懸命だが、しばらく静観するのが、「良識」というものだ。
「女性の敵は、女性」という言葉もある。気になるのは女性の反応だ。

×月×日 ウインブルドン選手権で、イギリスのアンディ・マリーが優勝した。何しろ、イギリス人としては、フレッド・ペリー以来77年ぶりというのだから、まさに「悲願成就」だ。
 観客の応援もすごかった。私は、別にどちらが優勝しても構わないが、審判までも、マリーに味方したように思われる判定もあった。ユニクロと契約しているノバク・ジョコビッチ(セルビア)にしてみれば、「アウェイ」の戦いを強いられたことになる。
「ユニクロ」への反感があったのではないか、と見るのは、あまりにも「うがち過ぎ」ではあるが。(13・7・10)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。