第60回 『華麗なるギャツビィ』、稀勢の里の夢、サンマ漁解禁、『カネを積まれても使いたくない日本語』、三井永一さんの死

×月×日 公開中の映画『華麗なるギャツビィ』を、新宿ピカデリーで。原作はヘミングウェイなどと同世代の「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」のF・スコット・フィッツジェラルド。
 貧困から身を起こし、酒の密売で巨万の富を得たジェー・ギャツビーの物語(邦訳『グレート・ギャツビー』)で、すでにたびたび映画化されている。
 ギャツビーは、社会的地位が無かったばかりに失った恋人の愛を金の力で取り戻そうとするが、ふとした行き違いから、銃で撃たれて死ぬ。1920代のニューヨークの都会的な享楽の退廃を鋭い批評眼から描いた。アメリカでは、高校の教科書に採用されている。
 フィッツジェラルドより8年前に生まれているレイモンド・チャンドラーの代表作『長いお別れ』は、「ギャツビー」の影響を受けている。私立探偵のフィリップ・マーロウは、『華麗なるギャツビィ』の「狂言回し(語り手)」、ニックに相当するわけだ。

×月×日 日本人横綱誕生の期待が高かった稀勢の里の昇進は夢と消えた。この人はいつもそうだが、勝ちに行くという気迫に乏しい。なんとしても、綱を取りに行くという姿勢が見えなかった。
 それと、身体が硬い。四股を踏む姿が、美しくない。足を上げたかと思うと、すぐに膝が折れてしまう。腿から足のつま先まで、ピンと伸ばしてほしい。大きなピノキオが四股をふんでいるようなものだ。
 ところで、横綱の土俵入りや、弓取り式の際、土俵で四股を踏むとき観客が、「ヨイショッ」と声を掛けるのは、いつごろから始まったのだろう。おかしな習慣だ。協会とNHKは、注意するべきだろう。

×月×日 サンマ漁が解禁となった。今季は、原油の値上がりで出漁を延期する騒ぎになった。まだ小型船の「刺し網漁」だから、量は少ない。食べるのは、大型船による「棒受け漁」が始まって、入荷が本格化してからにしよう。
 スーパーを覗いたら、サンマが並んでいたが、「解凍」と表示があった。間違えて買う慌(あわ)て者がいるかもしれない。
 今年獲れた品は「新もの」と必ず表示されるはずだ。

×月×日 朝日新書の新刊、内館牧子さんの『カネを積まれても使いたくない日本語』を読む。このネッセイでも掲載した「使いたくない」言葉も取り上げられている。
 本書とは関係ないが、最近の流行は、何でもおしまいに、「終わり」と付けるらしい。例を挙げると、「決算終わり」、「連休終わり」、「期末試験終わり」と使うらしい。「夜勤明け」「徹夜明け」の「明け」と関係があるのかもしれない。別に使いたくないとまでは言わないが、よく分からない用法だ。もう少し、ウォッチングしてみよう。

×月×日 最近の風潮として、「お礼を言わない」、自分が悪いのに「言い訳をして、謝らない」人が増えているような気がする。
 これだけインターネットによるコミュニケーション回路が増えているのだから、もっと素直に「有難う」といえば良いのにと思う。
 拙著を贈っても、「ご本を受け取りました」だけで、「有難う」の句が無い。「ご本をどうも」だけというずぼらな人もいる。
 言い訳をするのは、自分の過失を認めると金銭的損失を招くと言う、アメリカ的保険システムと弁護士至上社会の弊害があるのだろう。もちろん個人主義の普及による「権利重視主義」は悪いことばかりではない。
 しかし、権利には義務を伴うという点が忘れられているのではあるまいか。

×月×日 画家、三井永一さんの訃音を聞く。山形県の鶴岡市出身。16歳で上京。春陽会洋画研究所に入り、木村荘八の指導を受けた。
 挿し絵の歴史や、作家と画家の関係などに触れた拙稿に目を止めて、貴重な資料の恵投を受けたこともあった。
 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。(13・7・17)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。