第61回 参議院の「ねじれ」解消、渡辺淳一の『愛ふたたび』、麻布の「Kすし」、稀勢の里

×月×日 参議院選挙が終わった。自民党の完勝というのか、民主党の完敗というのか。あるいは、第三極の「自己崩壊」というのか。ねじれ国会の解消は国民が「安定」を望んだからといわれるが、投票率が低いのはどうしたことだろう。国民も偉そうなことは言えない。
 民主党の凋落について、まだ失敗の「総括」が出来ていない。民主党を持ち上げた文化人たちからも「反省」や「自己批判」の声が聞えてこない。別に聞きたいと思っているわけではないけれども。

×月×日 渡辺淳一の問題作『愛ふたたび』(幻冬社)を読む。主人公は、73歳の整形外科医、国分隆一郎。妻に先立たれ、都内に「気楽堂医院」を開業している。
 二人の愛人が居るが、ある日突然に、勃起不全におちいる。人間である以上、加齢と共に肉体の臓器の機能は衰えていくのは止むを得ない。勃起して射精に至るには、多大な体力、気力の充実が必要となる。
 渡辺淳一は、男は肉体の衰えを認め、挿入に捕らわれる必要はない、と主張する。挿入する以外にも、女性を喜ばせる方法はいくらでもある、と書く。
 小説では、40代の女性弁護士の患者と、新しい恋に落ちる。
 女性は、必ずしも挿入を望んでいないし、また快感を得ない人もいるという意見に、女性側からの「反論」は無いのだろうか。挿入以外の愛撫の方法が具体的に述べられているが、それらを好まない女性もいるのではないか。ここは、ぜひ女性側からの「返歌」が望まれるところだ。書ける作家は誰だろう。瀬戸内寂聴か田辺聖子か。髙樹のぶ子の意見を聞きたいが、まだ若すぎるか。
「老境の性」といえば、すぐに谷崎潤一郎の名前が浮かぶ。『鍵』が発表されたのは1956年で谷崎は70歳。『瘋癲老人日記』は62年で76歳の時の作品だ。
 渡辺淳一は、すでに谷崎の執筆年齢を超えている。谷崎がフェティシズムと被虐趣味へ逃げているのに比べて、渡辺は、正面から「不能」に取り組んだ。その意気や壮とすべきだろう。
 渡辺は口癖のように「老人は恋をしなくてはいけない。年寄りにしか書けないいやらしい老人を書きたい」と言っていた。3年ほど前から前立腺癌の治療中だが、まだまだ執筆意欲は旺盛だ。さらなる健筆を期待したい。
 なお、この作品は、地方新聞などに通信社(エージェント)を通じて掲載されていたが、連載途中で中止になった新聞が数社ある。これは、伝統的に認められている慣習とはいえ、地方新聞社が安易に小説の企画・編集作業を他の業者に委託したからで、新聞社に「編集マインド」が存在しなかっただけの話だ。
 新聞に小説が必要かどうかも含めて、論議が必要だろう。

×月×日 民放の朝のニュース番組で女性アナウンサーが「かんしんごと」と言ったので、ちょっと考えてしまった。「他人事」は「ひとごと」だが、「関心事」は「かんしんじ」だろう。

×月×日 朝日名人会、林家正蔵の「悋気(りんき)の火の玉」、三遊亭圓楽の「一文笛(いちもんぶえ)」、桂文珍の「蛸芝居」など。比較的珍しい演目が揃った。

×月×日 麻布の「Kすし」へ。財界の大物や大物映画俳優などが顔を出す店として有名。最近のカフェみたいなモダンな店ではない。古めかしい、良き昭和のたたずまいが残っている。小柱、トリガイなどが美味。夏なのにどこからか、良いヒラメを入れてくる。豆鯵を開いて、握るが、手間のかかる仕事だ。 

×月×日 白鵬の連勝にストップをかけた稀勢の里だが、千秋楽には琴奨菊相手に痛い一敗を喫した。解説の舞の海が、「どんな相撲を取りたいのか、見えてない」と評していたが至言(毎場所、同じことを言っている)。協会全体で、稀勢の里を指導するコーチ陣が必要だ。そうでもしなくては、当分日本人横綱は誕生しないだろう。
 千秋楽の横綱同士の対戦は、いくらわき腹を傷めていたとはいえ、白鵬の無気力相撲だろう。14日目の連勝ストップでプッツンしたのなら、横綱失格だ。
 勝った日馬富士がようやく二けた勝利に届いたが、横綱が3度目のクンロク(9勝6敗)では、「引退勧告」もありえた話だ。(13・7・24)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。