第63回 柳家三三独演会、鱧の柳川風、「ハナからやり直す」、水出し紅茶、残暑見舞い、汚い野球場のバックネット広告

×月×日 中野駅近くの「なかのゼロホール」で柳家三三(さんざ)の独演会。「真田小僧」、「大山参り」。
 師匠の小三治が「純粋培養」したといわれるくらいで、「古典」の古さと新しさのバランスが取れている。中学2年で、小三治の許を訪ねて弟子入りを志願したが、高校卒業まで待てと言われた。
 県立小田原高校を卒業すると、すぐに駆けつけて弟子になった。早いもので、入門して20年、真打に昇進してから、もう7年が経過した。つい先日、昇進したかのように思える。

×月×日 落語の前に、「ふく田」に寄って鱧を堪能。鱧皮の酢の物、落とし、鱧の柳川風、天ぷら、牡丹鱧(ぼたんはも)の汁。これだけ食べれば、眠くなる。案の定、前座は半分夢の中。

×月×日 毎日新聞の土曜日朝刊に永六輔が、「永六輔その新世界」というコラムを連載している。
 選挙で当選すると、「バンザイ」を叫ぶ「習慣」に触れていた。韓国語では、「イチ、ニのサン」を「ハナ・トゥル・セツ」と数える、と振って次のように書いている。
<ハナが一だとすると「ハナからやり直そう」という下町言葉が日韓合成語だとわかる。>
 私は、韓国語はまったく分からないが、ちょっとおかしい気がする。
「ハナからやり直す」の「ハナ」は、「端」の「はな」ではないか。
①に正しい、真っ直ぐの意味がある。端正、端的、異端などの熟語がある。
②には、はし、はた、さき、ふちといった意味がある。先端、突端、軒端(のきばた)、井戸端(いどばた)、端末など。「鼻」の字と同源と考えられる。
③に、はじめ、いとぐち、てがかり、の意味もある。発端、端緒(たんしょ。たんちょは慣用読み)、端境期(はざかいき)など。「端午の節句」の「端」も初めの意味だ。「午」は5番目を表している。
「ハナからやり直そう」が、「下町言葉」というのもよく分からないし、「日韓合成語」もよく分からない。もしかして、「端(はな)」が韓国語の「1」を意味する「ハナ」と、どこかで関係があるかもしれないが、乱暴な論法で、牽強付会(けんきょうふかい)過ぎるような気がする。

×月×日 紅茶専門店「リーフル」の堀田大さんから、富山の地下水で抽出したアールグレーの紅茶の恵投を受ける。ベルガモットオイルの優しい香りが利いている。

×月×日 ブログやフェイスブックは、受信者の意志で開いて読むから、別に問題はない。ただ勝手に「熟年探偵団」などとつまらない名前で日記とも随想とも訳の分からない文章を、メールで送りつけられるのは困る。
「迷惑メール」として「受信拒否」にしたいところだが、大学の先輩なので、「それは止めたほうがいいですよ」と後輩からたしなめられた。
 メールで、「暑中見舞い」を送って来られるのも面倒だ。返信しなかったら、8月3日に「残暑お見舞い」が来た。恐らく8月になったので、「残暑見舞い」と思ったのだろう。ところがどっこい、「残暑見舞い」は、立秋になってから、というのが昔からの常識だ。今年は、8月7日の水曜日が立秋だ。
 若い人ならともかく、こんなことを75歳の人が知らないのだから、暗澹となる。これから、ますます無知な老人が増えていくことだろう。

×月×日 景気が良くなったのか、悪くなったのかよく分からない。好況感は、新聞の広告を見れば分かるのだが、そうでもなさそうだ。通販やサプリメント、安いバスツアーの勧誘広告が多い。
 衛星テレビや有線テレビの広告も、サプリメント、健康器具、自動車保険に医療保険ばかり目につく。「個人の感想によるものです」と、「断わり書き」が付くところが、どことなく胡散(うさん)臭い。
 インターネット関連に広告費が回っていると聞いたが、確かにネットにも広告が多くなった。しかもしつこい。所かまわず、やたらにづかづかと土足で踏み込んでくる。
 ちょっと検索してみようと思うと、関連広告が先に出て来る。しかも汚い。
「広告が汚い」といえば、野球場のバックネットの広告が増えて汚くなった。センターのバックスクリーンは、打者が投手の投球が見やすいように、広告は禁止されている。スコアボードも中心から、少し左右にずらして設置する球場が増えている。
 野球のテレビ中継は、投手の後ろ側のセンター方向からの画面が多い。投球のコースが良く見えるからだ。球場にもよるが、バッターボックスの後ろ、ネット裏の広告が、派手な色でごちゃごちゃと実にうるさい。せめて1社か2社に限定すべきだろう。(13・8・7)〈次回の更新は8月28日の予定です〉

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。