第64回 蕎麦とスパークリング・ワイン、早くもお節料理、高校野球の優勝は前橋育英、藤圭子の死、芥川・直木賞、池波正太郎生誕90年

×月×日 暑い日が続く。午後1時に、新宿高島屋のワイン売り場でワイン・ジャーナリストの柳忠之氏と落ち合い、中央口前のそば屋「大庵(だいあん)」へ。
 シュラムスバーグのブラン・ド・ノワール。黒ブドウのピノ・ノワールだけで造るのが基本。皮膜の色素が浸出しないように絞る。シャルドネが20%くらい入っている。カリフォルニアでは、同一品種が75%以上を占めれば、その品種名を名乗れる。黒ブドウ100%でなくても、ブラン・ド・ノワール(黒の中の白)というわけだ。
 ナパバレーのシュラムスバーグは、カリフォルニアのスパークリング・ワインの「中興の祖」。エリザベス女王がアメリカを訪問したとき、ホワイトハウスの歓迎晩さん会でブッシュ大統領が公式に用いた。
 昼下がりの、スパークリング・ワインとそばは、日本人ならではの「銷夏法(しょうかほう)」だ。「銷」は「とける」意味。辞書で、「しょうか」を引くと、「消夏」とも出て来る。ちょっとニュアンスが違うけれど、こちらの方が一般的になってしまった。

×月×日 連日、うだるような暑さが続いているが、早くも冬の「お節(せち)商戦」が始まっている。形と大きさが揃った海老の仕入れや、デパートとの契約、サンプルの撮影など、「気分はもう歳末」。とはいっても、あまり涼しさは感じられない。
 別の意味で、なにか「暑苦しさ」がある。
 吉例の「贅沢」なのだが、その裏で、「銭勘定」を考える「貧乏性」がいつも同居しているからだろう。

×月×日 夏の全国高校野球選手権大会は、群馬県代表の前橋育英の優勝で幕を閉じた。
 岩手の花巻東と徳島の鳴門の準々決勝戦で二塁走者から捕手のサイン(構えの位置)を打者にシグナルで送る紛らわしい動作があって、主審が注意したらしい。この規則についてはすでに前回に書いた。まあ、一種の「先見の明」と自賛しておく。
 準々決勝で、前橋育英に敗退した常総学院は、主戦投手の飯田晴海君が9回に足がつって、医師と主審の判断を受けて退場し、その後逆転負けを喫した。佐々木監督は8回ごろに「異変」に気づき、交代を考えていたようだ。「飯田がここまで連れてきたチーム。(9回に足がつった後)『最後まで投げたい』と言った飯田に敬意を払って投げさせました」(朝日新聞)と語っていた。
 監督が選手に敬意を表してはいけない。「選手の意気を汲み取った」のだろうが、結果的には「情に流された」というべきだろう。監督采配の難しいところだ。大いに悩んだに違いない。
 花巻東の千葉翔太選手の「カット打法」も問題になった。156センチの身長を活かして、ファウルを重ね、四球を選ぼうと言うのである。2ストライクを取られてからの、バント失敗は、三振になる。バント失敗と「カット」の違いに、明快な線は引けない。審判の判断だ。
 準々決勝の対鳴門戦で、バントと紛らわしいケースがあったと、注意があった。
 試合前に注意されたのでは、ショックが大きい。要は、スリーバントが三振になる規則の趣旨を考えるべきだ。意識的にファウルを打つのは、あくまでも「邪道」である。正々堂々と打つのが野球の精神だ。粘った末に四球を得て、手を上げて喜びながら一塁へ向かうのは、あまり格好の良い姿ではなかった。
 3回戦で花巻東に負けた愛媛代表の済美の上甲監督が、対千葉選手対策に中堅手を内野で守らせたのも分かる。結果的に「やらなければよかった」と、ほぞをかんだが、千葉選手の存在感を意識し過ぎた結果だ。
 相手監督にこれだけ存在を意識させたのは、確かに大きな「戦力」と言える。自分の肉体的ハンディを乗りこえて、独自のスタイルを編み出した千葉選手のセンスと努力は認める。この規則の壁に負けることなく、これからの野球人生を楽しんでもらいたい。 
 高校野球で、もう一つ。相変わらず内野ゴロを打って、一塁へ滑り込む打者が多い。ある解説者も指摘していたが、駆け抜ける方が早いし、怪我をする可能性もある。連盟や指導者が、どうして、駆け抜けるのを徹底しないのか不思議でならない。
 日米で4,000本安打を記録したイチロー選手は、決してヘッドスライディングはしなかった。一度、「弟子」の川崎宗徳が、ヘッドスライディングをしたのを見て激怒。あやわ、「破門にする」とまで、言ったことがあった。

×月×日 「夢は夜ひらく」の藤圭子が自殺した。五木寛之さんが指摘する、「怨歌歌手」は、「昭和元禄」、「平成軽薄」の時代には、消えるほかなかったのだろう。まさに1970年代初頭の「退廃の予兆」を感じさせる曲だった。
「葬儀なし」の遺志というところが、また悲しい。

×月×日 東京会館で、芥川賞と直木賞の受章パーティー。直木賞の林真理子選考委員が、祝辞に「桜木紫乃さんは、文壇の壇蜜(だんみつ)」と紹介した。受けると思って選考委員会の席上で発言したが、北方謙三委員の『壇蜜は僕の趣味ではない』のひと言でまったく受けなかった。壇蜜の、「過去」に共通項を見つけ出したのだろうが、大きなお世話だ。林真理子の自己顕示欲でしかない。
 一家でカラオケに行くのが幸せな時間という、生活スタイルとは、瞬時に決別しなさい、とアドバイスを贈った。その通りなのだが、家族とゆっくりとカラオケも楽しめないとは、作家稼業も楽ではない。
 平尾隆弘日本文学振興会会長(文藝春秋社長)が、「最近10年間の受賞者の男女比は、ほぼ同数」、と挨拶した。「女流作家」とか「閨秀(けいしゅう)作家」と女性作家を特別視した時代は、過去の話となった。

×月×日 生誕90年を記念して、「池波正太郎展」が銀座松屋で8月28日(水)から開かれる(9月9日まで)。書斎が再現され、原稿や自筆スケッチ、全著作などが展示される。(13・8・28)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。