第67回 柳家小三治独演会、アメリカン・ポップ・アート展、「倍返し」は「奪い返し」から? 麹谷宏さんの「グラスワークス 7」

×月×日 蒲田駅前の大田区民ホール「アプリコ」で柳家小三治独演会。前座は柳家ろべい。小三治はこのろべいを可愛がっている。最近の独演会では、たいがい前座を務めている。
 小三治の弟子、喜多八の弟子だから、ろべいは孫弟子になる。ろべいによれば、当初の名前は弥次郎兵衛(やじろべい)になる予定だったという。弥次郎兵衛と喜多八で、弥次さん、喜多さんとなるところが、師匠の喜多八から、お前はまだ半人前だから半分の「ろべい」にしろ、といわれて、「やじ」を取られてしまった。
 十返者一九の「東海道中膝栗毛」によれば、喜多八は弥次郎兵衛のところの居候に過ぎない。弥次郎兵衛は漢籍に親しみ教養もある。師弟関係では逆になるので、喜多八が嫌ったのかもしれない。当のろべいは、「なんといっても初代ですから」と屈託がない。
 ろべいは、「お菊の皿」。小三治は、「金明竹(きんめいちく)」と「かんしゃく」。
 後者は、益田太郎冠者(ますだ・たろうかじゃ本名=太郎)作といわれる。益田太郎は三井物産の創始者、益田孝の次男。「コロッケーの唄」でも知られる。父親の「癇癪持ち」の性分を落語にしたとの説がある。
 結城昌治の文章を調べていたら、1967年の「酒中日記」(「小説現代」)に、当時は二つ目だった「さん治(小三治)」に注目し、「もっとも有望な若手で、私が請合っても仕様がないけれど、このまま地道にすすめば大成する」と太鼓判を押している。
 さん治は2年後に、17人抜きで真打昇進を果たした。継いだ小三治の名前は、柳家の総帥、小さんになるひとつ前の名前として知られ、「出世名」といわれている。
 結城昌治は、小説『志ん生一代』を著しただけに、具眼の士というか名伯楽というか、落語家を見抜く眼力が確かだった。

×月×日 新国立美術館へ、「アメリカン・ポップ・アート展」を観にいく。
 10年以上も前に、水戸にある茨城県立美術館のポップアート展を、学生たちと観に行ったのを思い出した。アンディ・ウォーホルや、ロイ・リキテンスタインの作品や業績、時代背景を説明したことを思い出した。どれだけの人の記憶に残っていることやら。

×月×日 東京新聞のコラム「知りたいコトバ 知っている言葉」に東松充憲という記者が、テレビドラマ「半沢直樹」の「倍返し」を取り上げていた。
『日本国語大辞典』から、「受け取った金品に対し、倍額に相当するものを相手に返すこと」を引いている。それを、相手に仕返しをする場面で使うのは違和感があって、口にするのがためらわれる、と書いている。
 まず、倍額に相当するものを返す、という例はあるのだろうか。結婚、出産、新築、入学、昇進、栄転、受賞、当選、受章などのお祝い事、病気見舞い、香典など、地方や立場によっても異なるが、半返し、あるいは3分の1を返すのが通例となっており、礼状だけで充分の場合もあろう。今や、「香典返し」の慣例は消えつつある。
 結婚や出産など、自分より収入が多い上司や親戚から頂いた「お祝い」に倍額を返す必要はさらさらない。ただでさえ、ものいりなのに、持ち出しになってしまう。『日本国語大辞典』では、例文に、柴田翔の『われら戦友たち』を挙げているが、1973年刊だから新しすぎて、参考にならない。
 しかも、1960年代の初め、九州と離島を結ぶ連絡船上での、インチキ賭博師の「賭け金」の話だ。
 自分の狙ったところに張ったお金が、倍になって帰って来る。いうなれば「配当」で、祝意とはまったく関係が無い。
 さる古老から、「半返しの倍、つまり同額を返すのが倍返し」と聞いたことがある。こちらの方が常識的で、世間に通りがいいし説得力もある。
 もうひとつ、売買契約の不履行の際、売り主が預かっていた手付金の倍額を償還すること、と辞書にある。これは民法にも、定められている。買い主の不履行は、放棄(相手側のもの)となる。
 ところで、『日本国語大辞典』の「ばいがえし」の次の項目に「ばいかえす」とあり、「奪返」の漢字が当てられている。「とられたものを取り返す。奪い返す」と記されている。
 こちらの方が、的を射ており違和感もない。
 実は「奪(ば)う」という動詞がある。「うば(奪)う」の頭音の「う」が次の「ば」に引かれて(連られて)、唇音化(しんおんか)し、弱まって脱落したので、意味は奪い返すと同じだ。
 18世紀の浄瑠璃から、「いったん離別したれども、大三郎をばいかえして連れ来らば、元のごとく夫婦にせんと」と例文が挙げられている。
「奪い返す」の「(う)ばいかえす」が、延々と現代までその影を伸ばし続けていたのではないか。いつの間にか、実体のない「倍返し」になったのだろう。そう考えると、つじつまが合うではありませんか。
 原作者の池井戸潤は1963年生まれだから、そんなことは知らずに、文字通りの「倍返し」の意味で使ったのだろう。それは、それでなんの落ち度があるわけではない。
 それにしても、東京新聞の当のコラムは、「なかなか使い方が悩ましい流行語です」と結ばれている。こんな「使い方が悩ましい」と表現するようなご仁が書く「言葉の話」は、それだけで信頼度に疑問符が付く、と思わざるをえない。

×月×日 伊勢丹新宿店メンズ館で開かれているデザイナー、麹谷宏さんの「グラスワークスVenetian 7 」へ。
 ヴェネチアのムラノ島で制作されたガラス製のシャンパンクーラー。年々値段が上がって行く。それだけ洗練されてきた。ガラス職人たちとの息が合ってきたのだろう。(13・9・18)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。