第70回 山崎豊子さんの死、大塚の「鮨勝」、野球の解説者、毎日新聞の「今週の本棚」

×月×日 作家の山崎豊子さんが88歳で亡くなった。「週刊新潮」に小説を連載中だから、文字通りの「生涯現役」作家だった。確かに松本清張氏とは、また違う「社会派」といえる。松本氏のように、抑圧された自己の怨念から生まれた社会への反発、批判というより、人間のドラマを追っていった。
 各紙の追悼記事を読むと、深く掘り下げた取材と、豊富な情報収集の2点を指摘している。
 評論家の権田萬治氏は、「執筆前の徹底した取材調査は定評がある」と、東京新聞に追悼文を寄稿した。
 山崎さんの「社会派作品」にいちゃもんを付けるわけはないが、出世作の『暖簾』、直木賞受賞作の『花のれん』やその後の『ぼんち』などの「大阪もの」のほうが私の好みだ。
 再三にわたる「盗用疑惑」(資料の無断流用)に目をつむるわけにはいかない。
 また、取材を受けた資料提供者やモデルと目される当事者たちが、著者に対して悪感情を持つ例が複数あるのも問題ではないか。すべて綺麗ごとに書いたら、小説にならないことはわかっている。何も登場人物がすべて人格円満、清廉潔白に書け、といっているわけではない。
 これは、当事者たちの尊厳と名誉を傷つけまいとする「気配り」に欠け、「迷惑」となるのではないかと相手の気持ちを忖度(そんたく)する余裕がないのであろう。
 ことさら女性作家を蔑視するわけではないが、この種の「配慮」と「余裕」の無さは、往々にして、女性作家に多くみられるような気がする。
 取材は自分で行うわけではないだろうが、「パリのシャンゼリゼ大通りの左右のマロニエの街路樹は、エトワール広場(凱旋門)からコンコルド広場まで、左右それぞれ何本あるのか」とか、山陰本線の余部(あまるべ)鉄橋の橋脚は何本あるのか」などを調べさせるのは、「文学の創造力」とどのような関係があるのか、不思議に思う。
 小説が売れるために、大手出版社がしっかりとガードして、スキャンダルになることを防いだのだ。
 20数年ほど前に山崎作品を多く出版しているS社の雑誌で、松本清張さんと山崎豊子さんが対談すると聞いたので、松本清張さんに、「盗用問題をぜひ、尋ねてください」とお願いしたことがある。
「うん、うん」とうなずいていたが、できあがった対談は、単なるエールの交換でまったく面白くなかった。
 売れる作家は、出版社に不利になるようなことは、どうしても強く言えないのだ。

×月×日 一年ぶりに、大塚の「鮨勝」へ、一人でぶらりと入る。ここは、昼間の休憩時間を取らない。鯵は、生と締めたのと二種有る。
 仕事を見ていると、魚を扱うのが大好き、ということがよく分かる。マカジキのトロがうまかった。宮中でも用いる高級魚だ。近海の突きん棒で獲ったもの。今の季節だけだ。

×月×日 数いる野球解説者の中でも、好き嫌いが激しく分かれる一人が、ガンちゃんこと、元日本ハムファイターズの投手、岩本勉さんだろう。
 出身球団に対する熱い思いを込めれば込めるほど、ファンにとっては、熱愛と憎悪を複雑に感じるのではあるまいか。
 近ごろは野球以外にも、NHKの普通番組のレポーターを勤めるなど、活躍している。関西弁の一種のえげつなさも持ち味だ。
 岩本さんは、4,000本安打のイチローに最も多くヒットを打たれた日本人投手で、36本を献上している。ガンちゃんいわく、「僕はイチローのヒットー(筆頭)株主です」と自分のネタにしている。
 そこまで言えれば立派なものだ。さすがにホリプロ所属だけのことはある。
 西武ライオンズの石井一久投手が今季限りで引退し、吉本興業に入社する。プロ、アマを問わずスポーツ界出身のタレントが増えるのは、別にかまわない。ただ、きちんとした日本語を話してもらいたいだけだ。

×月×日 毎日新聞の「今週の本棚」に左右社の新刊『スワンプランディア!』(カレン・ラッセル著 原瑠美訳=2,310円)が掲載(評者=中島京子)された。慶賀にたえない。
 この欄は、丸谷才一氏の意向で、1冊の原稿量が多い。当然、取り上げられる新刊は少なく、10月6日の場合、「短評」を除けば5点だった。そのうち、なんと4点もが翻訳本が取り上げられていた。
 この日は、たまたま重なったに過ぎないかもしれない。しかし朝日新聞の「読書」欄も、翻訳本が多い時がある。担当者の目配りの無さのような気もするが、本当のところはどうなのだろう。
 4点の翻訳本の内、1冊は7,140円もする。入場料が1万円以上もする歌舞伎の「劇評」とは違い、書籍は図書館で借りることもできるから、良しとするのだろうか。百万単位で存在する新聞の読者と、どこで折り合いを付けるのか、難しいところだ。(13・10・9)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。