第71回 「世界一美しい本を作る男」、凱旋門賞、村上春樹

×月×日 ドイツに「シュタイデル」という小さな出版社がある。経営者のゲルハルト・シュタイデルは、写真集なら写真家に直接会って、写真を一枚、一枚自分の目で確かめる。
 判型、紙の質、印刷方式、インクの色と質など、一冊の本に必要とされるすべての分野で、自分の考え、趣味、審美眼が納得しなければ本を作ろうとはしない。
 映画「世界一美しい本を作る男——シュタイデルとの旅」は、1年間にわたって、シュタイデルを追ったドキュメンタリーだ。ノーベル文学賞を受賞したポーランド生まれの作家、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』もシュタイデル社から、刊行されている。
 いまや、「シュタイデルの本だから、買いたい」、「扱いたい」そして、「シュタイデル社から自分の本を出したい」という声に溢れている。
 1950年ドイツのゲッティンゲンに生まれ、17歳でシルクスクリーン印刷を学んだ。アンディ・ウォホールに感銘を受けたのだ。
 18歳で、故郷に印刷スタジオを開設し、ポスターの印刷から始め、22歳で、初めて書物を出版した。
 旅行は好きではないが、依頼主と直接会って打ち合わせをするのが、一番の良策だと信じている。2、3か月はかかる仕事が、4日で終わるという。
 カメラは、ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、カタールと、彼がクライアントを訪ねて打ち合わせる様子を克明に追っていく。
 カタールでは、豪華な自家用バスで砂漠まで出かけて砂漠の土と石の色から、カバーの色彩のヒントを得る。パリでは、シャネルやフェンディの有名ファッション・デザイナーであり、出版社、書店経営者でもあるカール・ラガーフェルドを訪ね、実際にファッションショーを観る。
 要するに、シュタイデルはデザイナー、コピーライター、写真家、印刷家、セールスマンなどすべてを包含した偉大なアートディレクターだ。
 現在の世界的大手出版社は、中国でレイアウトをして、インドで印刷するというようなことが日常茶飯であるらしい。
 シュタイデルは、「日本は自動車産業やオーディオだけではなく、本に使われる紙や表紙用の布など、美しい本を作るためのマテリアルが豊富で、技術も素晴らしい」と言っている。映画の日本公開のための社交辞令といっても、あながちまったくの「お世辞」ではなかろう。
 彼のところから、本を刊行しようとしたら、3年先ぐらいになるらしい。とはいっても、彼の気に入らなければ、話しにならないのだけれども。いま少し、シュタイデル社の経営的側面(本社スタッフは35人だそうだ)と、所有している印刷機や製本の工程など、技術的側面にも触れて欲しかった。

×月×日 パリのロンシャン競馬場で行われた「凱旋門賞」に出走したオルフェーヴルは今年も2着だった。完敗といってもいい。
 優勝した3歳牝馬のトレヴは強かった。オークスで勝利した後、カタール王族のシェイク・ジョアン氏が、約10億円で手に入れ、アラブの民族衣装で、手綱を取る姿が紹介されていた。
 前項のシュタイデルも、カタールのドーハ生まれの写真家、ハーリド・ビン・ハマド・ビン・アルサーニを訪ねている。恐らく王族の一員なのだろう。
 別に僻(ひが)んでいるわけではないが、このような一部の特権富裕階級の姿を見ると、「アラブの春」は遠いと思わざるを得ない。

×月×日 村上春樹氏は、またもノーベル文学賞を逸した。毎年候補になるだけなら、オルフェーヴルのようなものだ。
 その昔、三島由紀夫が有力候補に挙げられ、三島の父親、平岡梓氏と一緒に大田区馬込の自宅で知らせを待っていたことを思い出した。
 1960年代末期だから、もう半世紀も前のことになる。

×月×日 前回触れた元日本ハムファイターズの岩本勉氏をテーマにしたノンフィクション『夏を赦す』(長谷川晶一・廣済堂)を購入。
 甲子園大会の予選出場すらあきらめざるを得なかった高校時代の「秘密」に迫っている。(13・10・16)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。