第73回 「ぴあ」社の部数虚偽通知、フランス産野生の雉、野坂昭如さん、「喪中見舞い」はおかしい、連城三紀彦さんの死、上海蟹、渡辺淳一さんの「傘寿」

×月×日 人気アイドルグループのファンのためのムックを制作した出版社の「ぴあ株式会社」が部数を過少にグループのプロダクション側に通知していた。
 支払わなければならない印税が少なくて済むわけだから、出版社側は増収となる。
 著作権者の印鑑が押された印紙を奥付のページに貼る時代ではないから、出版社を信じるほかない。最近は出版契約書を取り交わす会社が増えてはきたが、日本の出版業界は、歴史的に見ても長年の慣習とお互いの信頼関係で成り立っている。
 一部の大手出版社では、製本所の受注伝票を増刷のつど送ってくる。面倒な作業だと思うが、良心的だ。
 部数を実数より多く著者に報告して、印税を多く支払うケースは、稀にある。理由は出版社と著者の友好関係や他社との対面、思惑など複雑な要素が絡み合っている。
 少なく報告したケースは初めて、と書いた新聞もあったが、そんなことはない。昔、ベストセラーになった『磯野家の謎』(東京サザエさん学会・飛鳥新社)でも、そんな噂が流れた。
 今回は、「ぴあ」社の内部告発だった。勇気ある告発者の息災を願うばかりだ。

×月×日 魚籃坂下のビストロ「魚籃」。
 先ず、定番というか、ご自慢のフォアグラのテリーヌ。魚のスープは三陸産のキンキ(吉次)を贅沢に使っている。モンサンミッシェル産のムール貝が入っていた。粒は小さいが、味は濃い。
 フランスから送られて来た野生の雉(きじ)。羽立昌史シェフの仕事ぶりは、いつ見ても丁寧で、小気味いい。付け合わせは、今が旬のポルチーニ茸。

×月×日 自宅でリハビリに励んでいる野坂昭如さんが、毎日新聞に隔週で連載している「七転び八起き」で、東京三鷹市で起きた女子高校生のストーカー殺人に触れている。
 他人や家族とのつながりを「機械」に頼らざるを得ない、現代の若者には、「ストーカー的資質」が目覚めやすくなる、と説く。
 昔の編集者は作家を追いかける「ストーカー」でもあった、という。しかし、同等の立場で、何回もあって打ち合わせをした結果、作家の思考を左右する編集者もいた。結果、優れた作品が生まれることがあれば、良いストーカーということになる。要は、肉声によるコミュニケーションが重要ということだろう。
 編集者というのは、実に厄介な仕事で、その内容を一刀両断、簡潔に説明することは不可能だ。原稿を鉛筆で原稿用紙に書いていた野坂さんにすれば、どうしても、昔の編集者が懐かしくてたまらないに違いない。
「ぼくには若者が、自分をどう表現するべきか、そもそも表現するべき自分は何なのか判らぬまま、悲鳴をあげている気がする」
 野坂節は健在だ。若者がどう捉えるかは、わからないけれども。

×月×日 テレビのコマーシャルで、さる線香の会社が、喪中の人に「喪中見舞い」として、線香を贈ることを宣伝している。
 確かに、「喪中につき、年始のご挨拶を欠礼します」という葉書をいただいて初めて、「ご不幸」があったことを知るケースは多い。
 しかし「喪中見舞い」という言葉はいただけない。「寒中見舞い」や「暑中見舞い」に掛けた、駄洒落みたいなものだ。テレビの力を借りて、新しい造語を広めることはない。
 だいたい「喪中」というのは、本人の慎みの意の表現であって、傍(はた)から見舞うものではなかろう。極端な例かもしれないが、ほっとしている場合だってあるかもしれない。
 もし、線香を贈られたら、礼状をしたためなくてはならない。そういうわずらわしさを避けるために、本人から謹んで、「欠礼」を詫びているのだ。そっとして置くのが最善の途だ。それでは気が済まないというのなら、年が明けてから、「寒中見舞い」の葉書を出せば、良い。もし、どうしても線香を贈りたいのなら、そのときで一向に差支えない。

×月×日 神保町の「新世界菜館」で、今年初めての上海蟹。社長の傅健興さん、自由が丘の鮨処「羽生」の羽生健さんらと。
 貴酒酔蟹(活雌上海蟹の老酒漬け)、蟹黄魚翅(上海蟹みそ入りふかひれの煮込みスープ)、清蒸閘蟹(活大上海蟹の姿蒸し)など。
 ワインはゲヴュルツ グランクリュ 2000アルザス、シャトー・タルボ カイユブラン1999 (ボルドーはサン・ジュリアンの珍しい白)などなど。10人で12本。さらに9年物の紹興酒の上澄み。

×月×日 直木賞を『恋文』で受賞した連城三紀彦さんが亡くなった。「週刊朝日」に連載した『美の神たちの叛乱』を担当した。ルノワールの贋作の話だった。誠実な人柄で、綺麗な原稿だった。
 近頃は、あまり作品を目にしなくなったので、心配していたところだった。実母の介護に追われていたとか。享年65。まだ若い。

×月×日 東京会館で、渡辺淳一さんの「傘寿(さんじゅ)」のお祝い。傘の略体字から、「八」と「十」を採って、八十歳のお祝い。昔は無かった。確か、「広辞苑」の三版くらいまでは、収載されていなかった記憶がある。
 吊るしのボードに「生誕80年」とあった。「生誕」とは、大袈裟だ。毒舌家で鳴る元編集者のSさんが、そのうち「降臨」と言い出すのかもしれない、と心配していた。
 1970(昭和45)年に、『光と影』で直木賞を受賞する以前からの付き合いだから、かれこれ40数年になる。拙宅のすぐそばの、目黒区八雲に住んでいた時代で、歯医者も同じだった。
 懐かしい当時の編集者の姿も見えて、久闊を叙したが、編集者はいつまでも若々しい。風貌は老人になったが、話すことは、未だに気宇壮大なところがある。
 ご本人は、自宅で転倒したとかで、車椅子だったが、「ここまで、よく生きてきたものだが、また小説を書く意欲が湧いてきた」といたって元気。
 秘書のM嬢に言わせれば、「頭はきわめてクリア」とのこと。さらなる健筆を期待するばかりだ。(13・10・30)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。