第74回 ご飯の軟らかい炒飯、メニューの偽装表示、鈴木民部さん死去、日展の不正審査、消える「トットリーネ」、楽天が日本一

×月×日 有楽町の「よみうりホール」で「よってたかって秋らくご’13 21世紀スペシャル寄席ONEDAY」。柳亭市助の「金名竹」、桃月庵白酒の「尿瓶(しびん)」、柳家三三の「傘碁」、柳家喬太郎の「夫婦に乾杯」、柳亭市馬の「三十石」。
 それぞれ手の内に入った噺ばかり。円熟の境地というのは、こういう人たちの事を言うのだろう。
 開演前に入った、創業70年という焼売で知られる老舗の中華料理屋。味は良いのに、炒飯のご飯が軟らかいのには閉口した。
ご飯が軟らかい天丼と炒飯は、どうすることもできない。天丼なら上の天ぷらだけ食べるという手もあるが、炒飯はそうはいかない。お手上げだ。

×月×日 台風が消えて、秋風が心地よくなったら、急にマスクを付けている人が増えてきた。空気が乾燥しているからか。
 早くもインフルエンザの兆候が見られるそうだ。北京のPM2・5も注意しなくてはならない。環境破壊と簡単に切り捨てたくはないが、世界中が住み難くなってきたような気がする。

×月×日 食品の偽装表示が問題になっている。寄ってたかって、土下座を強いる風潮は、なんとかならないものか。
 産地を偽装する行為を是認するわけではないが、消費者サイドに問題はないのだろうか。
 産地や生産者を有難がるブランド志向に責任はないのか。有機栽培、無農薬、天然酵母、手作りなどの言葉に酔っている傾向はないのか。安全であることと美味しいことを混同してはいないか。和牛と国産牛の違いを正しく理解しているか。
 消費者もメニューの読み方をもっと知る必要があるし、料理人サイドにも問題がある。
 中国料理の「蝦仁(シャーレン)」は、殻を剥いた小エビだが、多くの料理人は芝エビのことと信じていたようだ。
 調理士会のほうで改めるように教育するらしい。飲食業者を感情的に責めたててみても、建設的ではない。日本人の食生活は、輸入の養殖エビに頼らざるを得ないのが現実なのだ。

×月×日 豊島区要町に「すゞ木」という夫妻でやっている古めかしいすし屋があった。主人は伝説のすし職人、藤本繁蔵の一番弟子とも、兄弟子(自称という説も)ともいわれていた鈴木民部(みんぶ)さん。
 風の便りに、病を得て休業中と聞いていたが、昨年亡くなったという。
 一度だけ訪ねたことがある。外装、内装とも庶民的な店で、いささか清潔感にも欠けていた。予約したら、飲みたいお酒があったら、どうぞ持ち込んでください、という。昨今は日本酒にうるさいことを言う客が多いからで、「うちは寿司屋であって、居酒屋ではない」という、矜持(きょうじ)からだろう。
 まあ、女将(おかみ)さんが、しゃべる、しゃべる。ちょっと尋ねただけで、立て板に水。ご主人は、静かに聞いているだけ。
 自家製の唐墨が、やたら塩辛かった記憶がある。塩抜きを忘れたのではないかと思えるほどだった。
 藤本繁蔵という人は、いわゆる「流れ職人」で、自分の店を持っているわけではなく、経営者に雇われて店を変わっていく。
 彼を知っている寿司職人は、もう僅かだが、また一人居なくなったことになる。
 鈴木さんは、SUSHIブームに先駆けていち早くロサンゼルスに出店した「鮨処福助」にも、働いていたことがあり、「カリフォルニア巻き」を日本で最初に出したのは、この店だと自慢していた。
 鈴木さんが、雑誌「サライ」にコハダの「飾り寿司」を一度紹介していたことがあった。確かに戦前の、花柳界に人気があったと思われる華麗で豪華な「盛り寿司」だった。
 再訪しようとは、思わなかったが、訃報を聞くと、もっと聞いておくべきことが多々あったと思う。合掌。

×月×日 前々からうわさが絶えなかった日展の「不正審査」が、朝日新聞のスクープで話題になり、文化庁が後援を止めることになった。
 文科省や文化庁が寺坂公雄(ただお)日展理事長から「事情」を訊いた、という報道があった。芸術作品を国の権威で序列を付けようとするところに、すべての問題の根源がある。

×月×日 新橋駅のすぐそばに鳥取県のアンテナショップ、「食のみやこ鳥取プラザ」がある。その2階のレストラン、「トットリーネ」が今年いっぱいで幕を閉めることになった。アンテナショップには珍しいイタリア料理で、鳥取県の食材を紹介し続けてきたのに、残念なことだ。

×月×日 球団創設9年目で、東北楽天ゴールデンイーグルスが、ジャイアンツを破って日本一の座に輝いた。
 このシリーズは、巨人の阿部慎之介と楽天の嶋基宏の「捕手対決」だった。阿部が7試合でたったの2安打、1二塁打しか打てず、そこで勝負がついた。自分のバッティングのことだけで精一杯。投手をリードするどころの話ではなかった。
 桑田真澄氏とダルビッシュ有が日本テレビの解説で話をしていた。アメリカでは、キャッチャーのリードうんぬんは、あまり問題とはならない。剛速球を投げて、それを力一杯打つだけ、というのである。
 日本では、ピンチの時の内野の守備隊形や外野手の守備位置もキャッチャーからサインが出る。アメリカでは、サードが出すそうだ。桑田氏が、「ベールボールと野球の違い」と説明していた。
 日本では、二つ空振りして、ノーボール2ストライクになったら、一つ外すのが常道だ。アメリカから来日した投手は、おれの球が打てなかったのに、なぜわざわざボールを投げなくてはいけないんだ、と不満顔になる。
 だから、打者の内角に見せ球を投げて、次は外角へ投げるというピッチングの組み立てに戸惑うと聞いたことがある。
 まあ、一種の「文化摩擦」だ。田中マー君の連投は、ベースボールでは考えられないことで、「クレイジー」以外の何ものでもない。星野流人情野球は、やはり日本の「野球文化」だったのだ。(13・11・6)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。