第75回 食品の偽装、再び野球とベースボール、ゆで卵は熱湯から

×月×日 偽装メニューというのか、誤表示というのか、出て来る、出て来る。
 ミル貝には本ミルと白ミルがあるが、長いあいだ、白ミル貝をミル貝と信じ込んでいた人がいる。白ミル貝の正しい名前はナミ貝という。本ミルとは、6倍くらい価格の差がある。本ミルだと、鮑と変わらない。今やミルと言えば、ナミ貝になってしまった。
 江戸っ子が東京湾で上がったいわゆる「江戸前」の魚だけを口にしていればいい時代ではなくなった。「江戸前」から「世界前」になった。
 東京湾のえびなら、伊勢えび、車えび、大正えび、芝えび、アミくらいのものだ。それは形状と大きさの別だけであった。
 バナメイやオマールえび、ブラックタイガーなんて、昔は無かったのである。日本人のえび好きが、資源問題を生み、海外に養殖産業を発展させた。開発途上国に経済効果をもたらした面はもちろんある。しかし環境保護の観点からすると、問題なしとはいえない。
 車えびの養殖と天然、車えびとブラックタイガーの差違を舌だけで判別できる人は少ない筈だ。ほとんどの人が、提供する側の「情報」を信用するしかない。
「ひもじい」を死語にした、飽食の時代は、食べ物の「ブランド化」を生んだ。日本人のブランド好きという国民性もある。文明開化の時代に、舶来品にあこがれた後遺症だ。当時は日本の製造技術が進んでいなかったから、時計、洋酒、生地、家庭電気器具などは格段に外国製品の品質が良く、高価な輸入品を身に付けたり、家庭に備えることがステイタスであった。
 その結果、ブランド食材がテレビのグルメ情報とともに日本を席捲した。その最たるものは、新潟県魚沼産のコシヒカリだろう。魚沼産と茨城県笠間産のコシヒカリを食べ比べて、正答を得るのは、車えびとブラックタイガーよりも難しい。
 豚といえば、スペインのイベリコ豚が大流行だが、果たしてそんなに輸入されているのだろうか。
 フランスの世界遺産、モン・サンミッシェルからムール貝が輸入され、イタリアのシェフだって知らない人もいる「バルサミコ酢」も町のスーパーの棚に並んでいる。こんな国はない。
 京都の九条ネギや加茂茄子、泉州の水茄子などは、全国で栽培されている。どこまでを、「偽装」というのか、この問題はまだまだ論議を呼ぶだろう。

×月×日 もう一度ベースボールと野球の違いについて触れたい。東北楽天イーグルスの「胴上げ投手」田中将大投手は、アメリカのメジャーリーグへ行くと言われている。
 田中は2011年以来になる2回目の沢村賞を満場一致で文句なく受賞した。一回目の受章時に、「派手なガッツポーズ」と打者を馬鹿にしたような態度に注文がついた。
 今度は巨人のロペス選手から、メジャーでは報復されるという指摘があった。そういわれれば、アメリカの投手で、満塁のピンチを切り抜けたからといっても、あまりガッツポーズは見られない。
 以前にも記したことがあるが高校野球では、派手な「ガッツポーズはしないよう」に教育される。一種の武道と考えるのか、礼に始まって礼に終わる、という図式である。
 ラグビーの「ノーサイド」の思想と同じで、トライを挙げた選手は、たまたまそこに居合わせただけであって、15人全員で挙げたものだ、と考える。
 サッカーは、ゴールを決めれば、派手に喜びを表現する。もちろん「アシスト」の功績を評価するが、その差は激しい。ラグビーに比べて、「個人技」に頼る割合が多いのだろうか。
 田中投手だ。もしアメリカに行くようなことがあったら、ダルビッシュや同僚の松井稼頭央,アンドリュー・ジョーンズなどから、アドバイスを受ければいい。利口(ロペスは「スマート」と表現した)な田中の事だから、そのあたりは、うまく順応するに違いない。

×月×日 朝日新聞の投書欄「声」に、75歳の主婦の方が、「ゆで卵は沸騰した湯にどうぞ」と意見を述べていた。
 よく通うラーメン屋さんの「ゆで卵」がいつもきれいに剥(む)けているのに感心して、聞いて見たところ、沸騰したお湯のなかに、お玉に載せて静かに落とすだけ。
 半熟なら、4,5分。8分も入れておけば、固ゆでだ。後は水で冷やせば、ツルリと上手に剥ける。
 冷蔵庫から出して常温にし、水からゆでるというのが、「常識」だったが、そんなことをしなくても、殻が割れるようなことはないという。
 一度、試してみる価値はあります。(13・11・13)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。