第76回 シネマ落語、ズワイ蟹解禁、和食に合うワイン、「ねつっぽく語る」とは? 若い人の死

×月×日 銀座東劇でシネマ落語「昭和の名人 六」。桂文楽「馬のし・大仏餅」、古今亭志ん朝「三枚起請(きしょう)」、三遊亭圓生 「鰍沢(かじかざわ)」、柳家小さん「時そば」。

×月×日 恵比寿の京料理、「京しずく」。日本海のズワイ蟹漁が解禁になったばかり。香箱ガニは雌。内子(うちこ)と外子(そとこ)と小さな身を丁寧にほぐしてくれた。
 そういえば、福井県では、学校の給食に、香箱ガ二が一人に1パイずつ出たそうだ。

×月×日 大相撲の噂(うわさ)話。真偽のほどはわからない。
 某関取に新聞記者が、「今年は年男ですね」と、話を振ったら、「今年は駄目でも、来年、またその次の年に頑張ります」と答えた。
 毎年の干支(えと)は、前の年の末に郵便局が決めると思っている人もいたそうだ。小学校のカリキュラムには、無いのだろう。日本固有の文化が伝わらないのは、「核家族化」の一つの弊害でもある。

×月×日 銀座寿司幸本店の杉山衞(まもる)さんが、オーストラリアのアデレードにあるジィコブス・クリーク社まで出かけて、現地醸造家とともに、和食に合うワイン、「ジェイコブス わ」を造った。もちろん「白ワイン」だが、品種は、企業秘密らしい。杉山さんは言う。
「和食は、世界で唯一ニンニクを用いないで、うま味を引き出す繊細で複雑性がある料理。だから、パンチのあるワインは和食に合わない。主演女優賞ではなく助演女優賞のようなワインをイメージした」
 もう1本、アルザスのドメーヌ・ミットナット社の「キュベGYOTAKU」は、フランス人の夫と日本人の妻とで和食に合うというコンセプトで造った。GYOTAKUとは、魚拓のこと。ラベルにクロダイらしき魚拓が用いられている。最初は右を向いていたが、実物は、きちんと左向きに直っていた。ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリなど5種類のブドウを使用している。
 さらにブルゴーニュの赤、「ペロ・ミノ 08」などを、自由が丘の「鮨処 羽生」へ持ち込んで、鮨に合うかを試飲、検証した。
 鮨はそれぞれ多種の魚介を用いるので、ネタによって味わいは微妙に異なる。厳密に考えれば、ネタによってワインを変えて行かなくてはならない。それはそれで、面白いのだが、現実的ではない。許容範囲を広く考えて妥協するしかない。
 これらのワインはいずれも、鮨に合う。出汁(だし)や穴子のツメ、山葵、生姜などの日本特有の複雑な味にも適応する。
 特筆すべきは、この二種のワインは日本人のためというより、世界各国の日本食愛好家をターゲットにしているところだ。それだけ、日本食が世界中に普及していることを物語っている。

×月×日 テレビ朝日系の「食彩の王国」で、ナレーターが、「ねつっぽく語って……」というので、風邪でも引いて語っているのか、と一瞬思った。
 おそらく台本には「熱っぽく」と書いてあったのだろう。書いた人は「あつっぽく」と読ませたかったのだろうか。
 しかし「あつっぽい」という言葉はない。接尾語「ぽい」は、名詞や動詞の連用形について、「そのような状態を帯びる」意味だ。「色っぽい」、「子供っぽい」。「ぐちっぽい」などを考えれば分かる。単純に「熱(あつ)く語った」と、言えばいいのに。
 しかし、制作者は誰も気が付かなかったのか。不思議でならない。その部分だけを録(と)り直すぐらい、簡単なことだと思うのだが。

×月×日 新聞社時代の同僚の一人息子が肺がんで亡くなった。享年41。日本を代表するといってもいい企業のビジネス戦士として、海外で働いたこともある。2月に検査の結果、末期ガンに近いと診断された。発症部位が気管のそば、大動脈や大静脈、神経が集まっているところで、切除も放射線治療もできず、唯一抗がん剤による治療しかなかった。
 同僚は、「なぜ、よりによって、私たちのたった1人の息子がいきなり回復不可能としか考えられない状態の肺がんなのか、息子と伴侶の胸の内はどんなだろう、と、心の中で何かが渦をまいて荒れ狂っている感じだった」と語ってくれた。孫の長男長女はまだ小学生。
 若い人の死を見送るのは残酷だ。「代われるものなら代わってやりたい」というのが親心だろう。不条理な試練を乗り越えて、健勝と安寧を祈るのみ。合掌。(13・11・20)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。