第79回 世界無形文化遺産に登録された和食、話題の「楽記」、「一見さんお断り」の店をブログに紹介した有名役者、手袋で握る鮨、ワシントンのラーメン屋

×月×日 日本の「和食文化」が、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界無形文化遺産に指定された。
 別に悪いことではないから、素直に喜べば良いのだが、その後の「お祭り騒ぎ」を見ていると、どうもわからないことが多すぎる。
 和食を内外に普及させる、と意気込んでいる人がいる。京都に多く、京料理こそが、「和食」だ、と言いたいらしい。
 その京都の中でも、「和食を広める必要はない」という人もいる。祇園の板前割烹の草分け、「浜作」の3代目、森川裕之さんが、朝日新聞のインタビュー(12月4日)に答えている。
「カリフォルニアロールを和食と思ってもろたら困ります。外国から、日本に食べに来てもらえばいい。世界のスタンダードにならない極東の郷土料理でいいんです」
 至言である。「お祝い」と称して、鯛の姿造りを無料で振る舞っているデパートがあった。京都の中央卸売市場では、大きなお祝いの垂れ幕を掲示した。
 確かに外国では、日本食のレストランが急増している。寿司や天ぷらだけではない。焼き鳥、ギョーザに白いご飯を出す店もある。パリには、老舗の鰻屋も出店しているし、本格的な手打のそばを食べさせる店もある。器用に箸を使い、そばを「音を立てずに」食べている。
 フランス料理では、山葵(わさび)や柚子(ゆず)がもてはやされている。
 しかし、「和食」とは、なんなのか。定義がはっきりしない。お茶事の流れを汲み、客をもてなすために作られた料亭の宴会料理を「和食」と言っていいのか。
「肉じゃが」、「おから」、「カレーライス」を和食に挙げる人も多い。
 外国で和食の人気があるのは、「長寿大国」のイメージがあるのも一つの理由だろう。健康志向にうまく重なった。となると、ご飯を中心に、バランスの良いおかずを摂る「一汁三菜」を基本とする食生活のスタイルも重要になって来る。
 食文化というのは、言語と同じで、時代時代によって変わっていくものだ。日本人は、外来のカタカナ語が好きなように、中華料理やフランス、イタリア料理、東アジアの料理を日常の食卓に巧みに取り入れてきた。
「何でも食べてやろう」という好奇心こそが、現在の「和食」を支えてきたのだ。洋食文化を和食の域に取り入れた最大のヒットは、「カツ丼」だろう。
 日本人が、「肉食」になじんでから、まだ百数十年しか経っていないことを考えれば、いかに「進取の気性」に富んでいるかが判る。
 いくら今回の運動を農水省が支援したからといって、どうも商売に結び付ける動きがあるのは、どこか胡散(うさん)臭い。

×月×日 ワインバーの草分けともいえる銀座の「グレープガンボ」が消えて、渋谷の神宮前に「楽記(らっき)」という焙(あぶ)り焼きを売り物にした中華料理のワインバーが開店した。 
 経営は、「グレープガンボ」と同じ、六本木「祥瑞」の勝山晋作さん。
 鴨や鶏の他、牛の胃(ハチノス)、などをタンドリーチキンやパンのナンのように、「釜(かま)」の中に吊るして炭火で焼く。(ナンは、釜の内側に貼り付けるのだが。)
 今が旬の大きなハタ(アラ)の蒸し物が美味しかった。5人でワイン4本。ガンマーGTPの数値がなかなか下がらないので、どうも酒量がすすまない。

×月×日 数は少ないが、紹介者が無いと入れない料理屋がある。いわゆる一見(いちげん)さんお断りの店だ。そんな銀座の「M」という店に市川海老蔵がさる有名料理学校の経営者に連れられて食したらしい。
 海老蔵は気に入ったらしく、出て来た料理を撮りまくって自分のブログに載せた。しかし、一日ぐらいで、すぐに消してしまった。
 メディアの取材も断っているのに、料理の写真が人気役者のブログにアップされたので、恐らく店側から、クレームがついたのだろう。
 雑居ビルの2階で、1階はチケットの安売り店だ。何もそんなに偉そうにするほどのこともない店だ。しかし海老蔵もちょっと「周囲の風」を考えれば、わかりそうなものなのに。考えないのか、考えても分からないのか、そのあたりが、海老蔵の海老蔵たる所以(ゆえん)なのだろう。

×月×日 ホテルオークラ「平安の間」で文藝春秋社の忘年会。鮨の「久兵衛」が出て、職人が大勢で握っていた。パーテイーの屋台の鮨というと、長い行列が出来て、すぐに「店仕舞い」をするのが、普通だが、この夜はかなり遅くまで賑わっていた。
 10人以上は居た握り手全員が、ポリエチレン製の使い捨て調理用の手袋をして握っていた。アメリカでは、すでに着用が義務付けられているが、とうとう日本もそこまで来たか、という感じ。
 いくら和食が「世界遺産」だから、と言っても通用しなくなりそうだ。

×月×日 麺を北海道から輸入しているラーメン屋が、アメリカのワシントンにあるそうだ。味が濃いのは、白いご飯を食べるのにふさわしい、と東京新聞の特派員報告にあった。
 ただ、見ていると、日本人以外はゆっくり時間を掛けて、おしゃべりを楽しみながらラーメン(ランチ)を食べるので、「麺がのびてしまう」と他人事ながら気になるそうだ。
 そうした挙げ句に、食べきれなかったラーメンを容器に入れて、持ち帰る人が多いという。
 各国、各地方の食文化の違いは、つくづく難しいものだ。(13・12・11)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。