第82回 編集者作家に学ぶこと、このあいだマッカサーが来た、澤村訥升、出版不況、デートは「すし屋」で、東京箱根間往復大学駅伝、マグロの初セリ

×月×日 明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします、とまずは型通りのご挨拶から。
 編集者として長いあいだいろいろな作家と付き合ってきたので、いろいろと教えられたことがある。よく作家を「師」と仰ぐ編集者がいるが、私は、そう思ったことは無い。強いて言えば、役者と演出家の関係で、ゴルフの同伴競技者に似たところもある。
 私はボクシングをやったことはないが、ある選手から、こんなことを聞いたことがある。それは、リング上でパンチを浴びた時に、「憎しみ」が湧いてくる相手と、まったく「憎しみ」を感じない二通りの相手がいるというのである。
 編集者から見た作家も同じで、やはり「相性」というのがある。
 二度とこの作家とは仕事を一緒にしたくない、と憤っても、連載が終わってしまえば、「良い人だった」と懐かしくなるのが、ほとんどだったけれども。
 池波正太郎さんから学んだことは、原稿の締め切りには遅れないことと、元日から仕事をするということだ。というわけで、この原稿も元日からパソコンに向かっている。

×月×日 年末から年始にかけて、「あっという間の一年」とか、「月日の経つのが年々歳々早くなる」といった声を良く聞く。嘆き節だ。
 噺家の柳家権太郎は年末のまくらで、よく次のように喋る。
「本当に月日の経つのは速いものですね。このあいだマッカサーが日本に来た、というのに」
 持ちネタと言ってもいいだろう。最初に言い出したのは、桂文朝(1942~2005)だ。この種のフレーズには、口伝(くでん)ということもあるが、著作権は存在しない。

×月×日 安倍総理の靖国神社参拝。アメリカから「失望」と言われるとは思ってもいなかったろう。安倍総理の顔貌について、「溶けた蝋燭のよう」と喩(たと)えたのは、確か金井美恵子の「目白雑録」(朝日新聞出版のPR誌「一冊の本」)だったと思う。
「目白雑録」も6巻になり、現在は「もっと、ちいさいこと」として連載中だ。一月号の「変わらぬスローガン、変わらない言葉④」を読んでいたら、新任のキャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使が天皇陛下に挨拶するため、儀装馬車で東京駅から皇居に向かう話から、谷崎潤一郎の小説『瘋癲(ふうてん)老人日記』に触れている。引用の部分に「ご贔屓の訥弁」とあったのにはびっくりした。
 主人公の卯木督助(うつぎ・とくすけ)は喜寿を過ぎ、性的には無能だが息子の嫁、颯子(さつこ)にご執心で、彼女が食べ残した鱧(はも)や食べ散らかした鮎(あゆ)を喜んで口にする。60年安保騒動の最中で、場所は銀座の「浜作」だ。
 正確に記すと、1960年6月17日で、東大生の樺美智子(かんば・みちこ)さんが亡くなった翌々日のことだ。思えば、私もその夜は国会前に居た。
 もちろん「訥弁(とつべん)」は、「訥升(とっしょう)」が正しい。変換ミスではなく、弁と升を校閲者が見誤ったのだろう。訥升は澤村宗十郎に先立って襲名される名跡で、谷崎が贔屓にしたのは、1976年に宗十郎を継いだ9代目(1933~2001)だ。若い頃は、「美貌」で知られ、谷崎が惚れこんだのは、有名な話だ。
「ご贔屓の訥弁」の段階で、「おかしい」と気付かなくてはいけないが、少なくとも原典に当たっていれば、防げたミスだ。

×月×日 昨年末の日経新聞の記事によれば、2013年1月から11月の書籍・雑誌推定販売金額は前年同期比3%減の1兆5427億円。ずっと増え続けてきた書籍の新刊点数は前年同期に比べて1%の減となった。売り上げが伸びないから刊行点数を増やしてみるものの、売り上げは伸びない、という悪循環に一応歯止めがかかった格好になった。しかし、この出版不況に改善の兆しは見えない。
 お陰さまで、1月には講談社から『食彩の文学事典』、3月には朝日新書で、『銘酒の文学事典(仮)』を刊行できることになった。
 友人の編集者から、唖然とした表情で、「出せるだけですごいこと」と、励ましとも、羨望ともつかない言葉を頂戴した。
 まさにその通りだ。出して戴けるだけで有り難いと思わなくてはいけない。

×月×日 テレビで、女子サッカーの澤保希(さわ・ほまれ)選手が、北野武と爆笑問題から、「デートで行ってみたいところは、どこですか」と尋ねられていた。
 答えは、「カウンターのお寿司屋さん」。なるほど。二人で、寿司屋のカウンターに並んで座って、あれこれ自分の好みで注文しながら食べたいのだろう。
 回って出て来る寿司の皿を手許に取るのではなく、職人と気の利いた会話をしながら、寿司をつまみたいのだ。痛いほど、その気持ちはわかる。還暦を過ぎても、なかなか一人で寿司屋のカウンターに座れない友人がいる。
 拙著『すし屋の常識・非常識』(朝日新書・2009年)をぜひ読んでもらいたい。必ず参考になることを受け合います。

×月×日 正月の年中行事となった東京箱根往復大学駅伝。2着になった駒澤大学の選手たちの表情が異様に暗かった。まるで通夜の顔だ。
 どうして、全力を尽くして2着になったのを喜べないのか。3冠を逸したのが、そんなに悲しいことなのか。
 次回の「予選免除」が掛かっているからとはいえ、7位や8位でフィニッシュした大学の選手たちの顔は、走り終えた達成感と満足感で光り輝いていた。スポーツとは、そんなものだ。
 終わってからの駒大大八木監督の談話もいただけない。東京新聞の髙橋知子記者の記事を借りる。
<大会直後、選手を前に大八木監督は、「今年以上の強さをつくるために自分に甘えるな。自分に厳しくいけ」と猛烈なげきを飛ばした。>
 髙橋記者の「げき」の用法は措(お)くとしても、2位になってここまで言われたのでは、あまりにも選手が可哀そうだ。もし企業にこんな上司がいたら、部下は働く意欲が湧いてこないだろう。
 スポーツライターの小川勝氏が、東京新聞のコラム「直言タックル」で、「勝利は素晴らしいものだが、最も価値のあるものではない。勝利以上に価値があるのは選手個人の成長であり、精神の深まりである」と書いていた。卓見である。
 終わったばかりだが、来年の東京箱根往復駅伝も、駒澤大学にはあまり期待が持てそうにない。

×月×日 東京築地市場の初セリ。大間のマグロ(230キロ)を736万円で、昨年と同じ「すしざんまい」がせり落とした。昨年は、1億5540万円だったから、約20分の1。
 木村清社長は、「正常な値段に戻って良かった」とコメントしていたが、「正常でなく」したのは、ご本人だろうに。昨年競りあった香港の「板前寿司」が降りたこともあるが、周囲からの反発を受けて、香港側の仲買人が自粛したというのが、実状ではないか。
 自社の宣伝のために、マグロの値段が上がるのは、消費者にとっては迷惑至極だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
というような調子で、本年も続けて行きますので、どうぞよろしくお引き立てください。(14・1・8)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。