第87回 牡蠣づくしとワイン、全聾の作曲家に影武者、シャネルのテニスラケット

×月×日 ワイン仲間と中野の「ふく田」で「牡蠣(カキ)づくしの会」。幕開きは、ドラモット・ブリュット・ブランドブラン02から。
「造り」は、平目、鮪(マグロ)の中トロ、鰤(ブリ)。わざわざオリーブオイルと塩を頼んで、氷見の鰤に試みている人もいる。
 山梨県の笛吹市御坂町のJAふえふきが造った白ワイン1・8リットルの栓が開いた。ニューワイン山梨株式会社。エチケットは谷川泰宏画伯の筆になる実に力強い富士山で、世界文化遺産登録記念と言ってもいいだろう。谷川さんは、1990年に朝日新聞日曜版に連載された宮尾登美子さんの『小説クレオパトラ』の挿し絵を担当した。確かブドウの実を描いた作品があった、と記憶している。
 次に、ドイツで250年の歴史を持つショーンレーバー・ブリュームライン醸造所で造られた「甲州」が続いた。ドイツでも「甲州」が栽培されているとは、知りませんでした。ラベルには、漢字で「甲州」の文字が見える。
 ドイツのワイン監督局が、日本固有の品種「甲州」の苗木の試験栽培を認めたのは、2003年のことだった。2年後には早くも参考作品がわずかながらも市場に出された。10年経って、堂々の「里帰り」だ。
 3個の生牡蠣は、まず村上春樹風にアイラ島のシングル・モルト「ボウモア」を滴(したた)らして。
 次に四谷のフレンチ「北島亭」の北島素幸シェフが勧めるエシャレット(フランスたまねぎ)のみじん切りに赤ワインビネガー(酢)を少量。三つ目は各自のお好みで。
 私は贅沢にピュイニー・モンラッシェの96を掛ける。磯の香りとまろやかな酸味が渾然一体となって、口の中に広がったと思う間もなく咽喉を通過していった。罰が当たるかもしれない。
 かんてき(コンロ)の上で、また3個を焼く。もう慣れてきたので、各自思い思いの味を付けている。なにも味を付けずに、牡蠣の塩分だけで食べるのも良い。私は、兵庫県三木市の「龍力」の純米吟醸で蒸し焼きにして、最後に醤油を一滴(しずく)落とした。
 次は牡蠣の田楽。串に刺した牡蠣に田楽味噌を付けて焼く。八丁味噌に卵黄、砂糖を加え、練り上げた田楽味噌には、デザートに用意したソーテルヌのシャトー・レイヌ・ヴィニョー98が、不思議と合う。田楽味噌をちょびちょびと舐めながら、甘味の深いソーテルヌの逸品を味わうのは、日本ならではの味わいだった。
 牡蠣フライが各人2個。タルタルソースとウスターソースに合うワインは、なかなか難しい。みんな悩んでいる。牡蠣フライも外国にはない日本の味で、「和食」と言ってもいい。
 牡蠣の真薯(しんじょ)と蕪(カブ)のお椀。冬野菜の代表格の蕪と冬の海の幸の旗手、牡蠣は季節の出合い物だ。
 締めのご飯は、豆乳入りの牡蠣雑炊。一人で牡蠣を10数個食べたことになる。
 食後の酒は、ポルトガルワインの播磨屋さん提供のアランブレ・モスカテル・デ・セトゥーバの20年物。ポートとはまた違う酒精強化ワイン。アランブレは英語のアンバーだから琥珀で、色調を表している。セトゥーバはリスボンから南へ40キロほど下った大西洋の港町で、鰯(イワシ)の産地として知られる。通年食べられるポルトガル牡蠣の有名産地でもある。 
 最初から最後まで牡蠣とワインを堪能した会だった。

×月×日 全聾者の作曲家にゴーストライターが存在した問題が波紋を広げている。障害者手帳を所持はしているものの、健康な聴覚の持ち主と、「共犯者」から指摘されたのはショッキングだった。
 メディアは、「美談に弱い」といわれても、やむを得ない。盛んに贋作曲家を称揚したプロデューサーが、フリーランスの人だった、というのも、考えさせられる。決して、「フリーだから、信用しない」と言っているわけではない。心底、善意から脚光を当てたかったのだろう。

×月×日 男性のファッション誌を見ていたら、シャネルのテニスラケットの広告が載っていた。ラケットが、153,300円。ボール4個セットが、57,750円。グリップエンドとガットにも、シャネルのCCのロゴが見える。
 ネットで調べたら、約4分の1から3分の1の値段になっていたが、どうも、室内のインテリアに用いるらしい。なるほど。
 当たり前の話だが、いくら高級ブランドとはいえ、各個人のテニスの技術まで保証してくれるわけではない。
≪お知らせ≫ 拙著『食彩の文学事典』(講談社)の出版を記念して、2月14日(金)6時30分(開場6時)から、八重洲ブックセンター本店(東京駅八重洲口前)8階ギャラリーで、トークショー「日本文学の中の和食—作家は和食をこう書いてきた(聞き手「料理通信」君島佐和子編集長)」とサイン会が行われます。
 定員50名。申し込みは1階カウンターか電話(03−3281−8201)まで。
 八重洲ブックセンター本店イベント情報:http://www.yaesu-book.co.jp/events/talk/2952/
(14・2・12)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。