第88回 東京製菓学校開校60年、出前シェフ、記録的大雪、メダルを噛む、朝日新書

×月×日 新宿区の高田馬場にある東京製菓学校の開校60周年記念パーティーが帝国ホテルで行われた。1954(昭和29)年に、東京高等製菓学校と併設して社団法人東京パン技術指導所を開いたのが始まり。初代校長は、山本剛一氏。新宿でパン屋やレストランを経営し、その利益を若い人の教育につぎ込んだ。
 単なる技術の伝授だけでなく、人間教育にも力を入れたという。遠大なる理念があったのだ。洋菓子、和菓子、製パンが三本の柱。ソウルにも事務所を開設している。
 山本剛一氏のご子息、山本待平(まちへい)理事長と懇談。

×月×日 ザ・プリンス・パークタワー東京が、3月31日まで、「マイホテルシェフ」というイベントを行っている。ホテルの総料理長が、お客の自宅まで赴いて料理を作る。いってみれば「出前シェフ」だ。
 総料理長は一人しかいないから、一日一組限定で、フォアグラ、トリュフ、キャヴィアを使用した料理がベースで、人数は2人から6人まで。プロのテーブルコーディネーターが、食卓を設営してくれる。
 範囲は東京23区内で、厨房の施設や食卓のある部屋を検分してから契約となる。結婚記念日や喜寿、米寿などの祝宴を想定している。
 問題は、お値段で料理2名分が900,000円。1人増えるごとに380,000円。6名で楽しむと、2,420,000円となる。ソムリエを1人頼むと、30,000円。サービス料、消費税が含まれている。この値段が高いか安いかは、試みようとは夢にも思わないから、判断の仕様がない。
 このイベントが、朝日新聞夕刊の「Around Toyo」という欄に紹介され、数日後に「訂正」が載った。
<「料理2人分で9万円。1人増えるごとに3万8千円」とあるのは、「料理2人分で90万円。1人増えるごとに38万円」の誤りでした。>
 新聞記者の「歯がみ」が聞こえてくるようだ。

×月×日 2週続けて、週末が大雪となった。「東京は5センチの雪で麻痺する」と言われているところへ、27センチも降ったのでは、たまらない。
 おかげで、拙著『食彩の文学事典』の刊行を記念して、開かれる予定だった君島佐和子「料理通信」編集長との「トークショー」と「サイン会」(八重洲ブックセンター本店)が中止となった。恐らく3月に日を改めて行うのだろう。出席を申し込んだ人たちに連絡をしなければならず、書店も大変だ。
 微力ながら、私もフェイスブックで協力。

×月×日 日本オリンピック委員会(JOC)竹田恒和会長の息子で、憲法学者の竹田恒泰氏は、テレビの番組にも出演し、いわゆる「ネット右翼」といわれているらしい。
 J-CASTニュースによれば、その恒泰氏が、ブログで、「オリンピックの入賞者が、授与されたメダルを噛むのは、見苦しい」と発言した。
 私も、あのメダルを噛む光景は、常々不快に思っていた。いつごろから、あの悪習が始まったのかは、調べていないから分からないが、外国人が優勝カップにキスをしたことに関係があるのかもしれない。ウインブルドンなどの個人選手権で、カップにキスをした優勝者を見て真似をしたのではないか。
 日本人には、公衆の面前でキスをするという風習も文化もない。近ごろは、サッカーでゴールを決めると、左手の指輪にキスをしながら、走り回って喜びを表現する選手がいる。
 これも、日本の文化にはないから、外国サッカーの物まねに違いない。最初のうちは、何をやっているのか、よく分からなかった。爪か指でも傷めたのか、と思ったこともある。
 最初に自らやった人は偉いが、後はおそらくカメラマンの「注文」だろう。
 ソチの冬季オリンピックで、この竹田常泰氏の発言が影響したのかどうかは、定かではないが、「メダルを噛むな」と指令が出たらしい。
 フィギュアスケーとの金メダリスト、羽生結弦選手も、「カメラマンから、噛んでください」といわれた、と語っていた。
 新聞社のカメラマンというのは、オリジナリティ(独創性)に欠けていること、この上ない。「横並び」を第一とし、「他社のカメラマンが撮った写真を、自分が取っていない」情況になることを常に恐れている。自分の発想よりも、「他社が撮っているから、ひとまず撮っておく」という考え方なのだ。何を言われても、「ハイ、ここにありますよ」と言って、出せるようにあらゆる「場面」を押さえておく「習性」が身についている。昨年、露見したが、ある通信社のカメラマンが、本塁打を打ったスイングではなく、別の打球の時のスイングの写真を出したことがあった。
 これは、本社の写真部デスクも悪い。出先の個人の「目」を信用しないで、「某社のこのメダルを噛んでいる写真は撮らなかったのか」となる。それは、メダルを噛んでいる方が、動きも有り、表情も豊かかも知れない。しかしそこには、カメラマンの「審美眼」や「記者の目」が生かされていない。
 もうすぐ、選抜高校野球大会が始まる。試合が終わった後のテレビを見ていてごらんなさい。ベンチ前に並んだ敗者、応援席に挨拶に行くシーン、甲子園の砂をバッグに入れる情景、球場に一礼して引き上げる姿。7,8人のカメラマンが群れ合って、同じ写真を撮るために走り回っている。十年一日、毎試合、同じことの繰り返しだ。
 各社が、これだけマンネリズムに陥(おちい)っていれば、新聞の購読者が減ることはあっても、増えることはない。 

×月×日 3月13日に発売予定の拙著のタイトルが決まった。『ほろ酔い文学事典——作家が描いた酒の情景』(朝日新書・予価780円税別)。
『食彩の文学事典』の「姉妹書」であること、言うまでもない。(14・2・19)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。