第89回 150回の芥川・直木賞、フードポルノ、『食彩の文学事典』の読み方

×月×日 百五十回を迎えた芥川賞と直木賞の贈呈式と祝賀パーティが、いつもは東京会館なのに帝国ホテルで行われた。「東京会館が耐震工事中」だから、と言う人かいるかと思えば、「いや、次回からずっと帝国ホテルになるらしい」と諸説入り乱れていた。もちろん、今回の受賞作の出来不出来とは、関係ないことだ。
 受賞者の挨拶で最後に登壇した直木賞の姫野カオルコさんが、口を開くや「本日は来ていただいてありがとうございます」としゃべりだした。
 どうして、「本日は、お出でいただき」とか、「ご出席いただき」と言えないのだろう。
 さすがに日本文学振興会の平尾隆弘会長(文藝春秋社長)は、主催者を代表して、「本日はわざわざ足をお運びいただき、有難うございました」と謝辞を述べた。
 すでに50の坂を越えている立派な大人で、しかも作家として生きて行こうという人が「来ていただいて」とは、聞いていて恥ずかしい。「日本語の乱れ」というよりは、「言語生活」がなっていない。
 直木賞の選考委員を30年にわたって務めた渡辺淳一さんと10数年務めた阿刀田高さんが辞任して、高村薫さんと東野圭吾さんが選考委員に新しく加わった。
 渡辺さんは、候補作品を読むと、自分の作品と比較して、「この人に負けるかどうか」といつも考えていた、と語ってくれたことがある。30年も選考委員の座に着いていたのは、自分の存在を脅かす人が出てこなかったということではないか。その間、「この程度なら、まだまだ勝てる」と思い続けていたのかもしれない。
 
×月×日 レストランなどで、出て来た料理をケータイで写真を撮る光景は、珍しくなくなってきた。みんなごく当たり前のように撮っている。店の人に断っている人もいるが、周囲のお客に断っている人はいない。
 無作法もこれだけ一般化してくれば、店でもなかなか断れなくなってくる。この風潮は、日本だけかと思ったら、フランスでも問題になっているらしい。
 一流レストランのシェフの中には、拒否反応を示す派と容認する派があるらしい。拒否派からは、「フードポルノ」と言う声が上がっているそうだ。
 どんなに見た目が綺麗で、おいしそうに見えるフォトジェニックな料理であっても、料理は口の中に入る瞬間が命だ。
 そこのところの原理原則を忘れてもらっては困る。食べることより、写真を撮ることを優先するかのように見える昨今の光景は、本末転倒と言うほかない。

×月×日 拙著『食彩の文学事典』(講談社)を読んで、新聞社の後輩、Fさん(桜美林大学講師)から、丁重な感想と鋭い指摘を頂いた。
 食べ物の表現に時代差があり、明治から昭和と時代が移るにつれ、擬態語や擬声語が増えている、というのである。
 書中から次のような言葉を例に挙げた。

 とろり
 ふうふう、ハフハフ
 かりっ、かりかり
 さくさく、ほっくり
 
 料理に用いられる新しい食材が増え、調理器具や技術も変化してきたから、食感も異なってきたという理由が考えられる。
 また、作家の年齢によっても、言葉の使い方が異なってくる。Fさんは、ソースを掛ける擬態語として用いられる畳語(じょうご=同じ言葉を繰り返すことで意味を強める複合語)を指摘した。
 1924年生まれの吉行淳之介さんと、1927年生まれの北杜夫さんが、「ソースをだぶだぶ掛ける」と書いている。今なら、「だぼだぼ」と書くのが多数派ではないか、というのである。
 著者としては、書くのに一所懸命で、そこまでは、考えが及ばなかった。言われてみれば、「だぼだぼ」の方が、現代的で現実味がある。
 そういえば、1944年生まれの椎名誠さんが1980年に出した3冊目の単行本の書名は、『気分はだぼだぼソース』だった。
 幼少時に精肉店兼パン屋みたいな店で、コッペパンにコロッケを2個挟んでもらった椎名さんが、「僕のソースはだぼだぼね」と注文をつける話から、書名にした。そこからコロッケの現状を憂いていく。今でいう、「つゆだく」の原初形態みたいな話だ。
 何となくソースの粘性がうすい時代のような気がする。とんかつソースではなく、ウスターソースの時代ではないか。
 私の幼少時である1950年前後には、薄いウスターソースは、まだ大きな樽に入っていて、近所の酒屋で量り売りをしていた。家から空き壜を持って行って、「一合」を量ってもらうのだ。プラスティックやポリエチレンの容器などは無く、牛乳瓶さえも貴重だった。
 とんかつソースは出たばかりで、ガラスの一升瓶に入っていた。もちろん、とんかつソースの方が高い。わが家では、酒屋で半分ずつ入れてもらっていた。私が、お使いで買いに行ったのだから間違いない。今だったら、「ハーフ・アンド・ハーフ」というところだ。
 Fさんは、いろいろな読み方ができるので、これからも繰り返し、読むような気がする、と言ってくれた。
 著者として、これだけ精読していただけたら、この上ない幸せというものである。 
≪お知らせ≫ 大雪のため中止となりました2月14日の『食彩の文学事典』(講談社)出版記念「トークショーとサイン会」は3月25日(火)に開催されます。
八重洲ブックセンター本店(東京駅八重洲口前)8階ギャラリーで、6時30分(開場6時)から。「日本文学の中の和食—作家は和食をこう書いてきた(対談「料理通信」君島佐和子編集長)」とサイン会が行われます。
 定員50名。申し込みは1階カウンターか電話(03-3281-8201)まで。
(14・2・26)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。