第91回 『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)、『雑誌倶楽部』、柳家三三独演会、贋ベートーベン

0_オンとオフ91回_書影_h700×月×日 拙著『ほろ酔い文学事典——作家が描いた酒の情景』(朝日新書)が発売になった。
 ビールなら、夏目漱石、田山花袋から高村薫さん、東海林さだお氏まで。小説やエッセイに登場した酒のシーンを集めた。
 村上春樹氏は、飛行機に乗ると、かならずブラディマリーを頼む。「非日常」の気分に浸りたいのだ。近頃は缶に入ったカクテルもある。あまりおいしくないブラディマリーを飲まされると、もうその会社の飛行機には乗りたくないと言うから、念が入っている。
 開高健は、最晩年のことだが自宅近くの茅ヶ崎駅前の焼鳥屋にロマネ・コンティを持ち込んで、コップで飲んだ。「ワインに対する冒涜(ぼうとく)」という怨嗟(えんさ)の声に、「無礼という礼儀もあるわな」と、うそぶいたとも伝えられる。
 まあ、こんな「酒」の名作にまつわる伝説、噂話、秘話、薀蓄が詰まった書だ。本書を読んで、酒が飲みたくなれば、うれしい。
 前書『食彩の文学事典』(講談社)の姉妹書と考えてもらって差し支えない。この『食彩の文学事典』が、「週刊新潮」(3月13日号)の「十行本棚」で、「文士たちの描いた食べ物が一堂に会する、画期的な文学事典」と紹介された。有難いことだ。

×月×日 出久根達郎さんの『雑誌倶楽部』(実業之日本社)を読む。「誰が名づけたのか、雑誌とは、言い得て妙である」という書き出しから始まる。
「雑誌は、ありとあらゆることを教えてくれる」という出久根さんは、自分史を大正から昭和までの雑誌に託して、語っている。もちろん、出久根さんが生まれる前の雑誌もある。
 教科書に出ていない事柄や何の役にも立たないことが、雑誌には載っている。
 取り上げられている雑誌の一部を挙げてみる。「少女の友」、「漫画読本」、「あまとりあ」「日本少年」、「面白倶楽部」、「丸」、「犯罪科学」、「主婦之友」……。
 雑物、雑用、雑考、雑見、雑感など、「雑」の楽しさを味わう書だ。 

×月×日 横浜市野毛にある「横浜にぎわい座」で、柳家三三(さんざ)の独演会。前座は柳家権太楼(ごんたろう)の弟子、右太楼の「弥次郎」。三三は「大工調べ」と「居残り佐平次」。
 映画「幕末太陽伝」(川島雄三監督、フランキー堺主演・1957年日活)に「居残り左平次」は言うまでもないが、確か、「大工調べ」もあったはず、と思い起こしていたら、大工の与太郎は左官屋の長兵衛に成り代わっていた。つまり「大工調べ」と「文七元結(ぶんしちもつとい)」を融合、合作していたのだ。
 この三三の独演会は、2夜連続で、2月から3月、4月と6夜ある。4月4日は、「文七元結」とのこと。これも行かなくては。

×月×日 別人の作曲家が存在したことで騒がれた佐村河内守さんが記者会見を開いた。
「お詫び」の意は表明したが、代作者を名誉棄損で訴えると述べたのはいただけない。そうなると、本当に反省しているのか疑問だ。
 これでは、悪党コンビの「仲間割れ」になってしまう。当分は、黙って謹慎しているのが最良の方策だと思うのだが。(14・3・12)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。