第92回 「花見の仇討(あだうち)」、カレーうどん、トリガイとホタルイカ、第5回「清遊版画会」

×月×日 有楽町の朝日ホールで「朝日名人会」。柳家小権太(こごんた)の「幇間腹(たいこばら)」、柳家三三の「釜どろ」、柳家さん喬の「花見の仇討(あだうち)」、入船亭扇遊の「人形買い」、柳家小三治の「錦の袈裟」。
 小権太は、柳家権太楼の弟子で、3月21日から「柳家東三楼(とうざぶろう)」を襲名して、真打に昇進する。東三楼の名跡は、若い頃の5代目志ん生も名乗っていたことがある。
「花見の仇討」のキーワードは六十六部(ろくじゅうろくぶ)。法華経を六十六部書き写し、全国66の霊場に1部ずつ奉納して回る修験者の意味。鎌倉時代から流行し、江戸時代には巡礼、遊行(ゆぎょう)の聖(ひじり)となり、単に六部(ろくぶ)とも呼ばれた。のちには、僧の格好をした物貰い同然の者も現れた。
 この六部を説明しないと、「さげ」が効いてこない。落語には、このような「死語」が生きているから、難しい。
 ところで、4月の138回に出演予定の五街道雲助が、芸術祭文化選奨の文部科学大臣賞を「お初徳三郎」で受けた。雲助のように一見地味ながら、しっかりとした正調の噺をする落語家に光が当たることは喜ばしい。

×月×日 名古屋地方で、チェーン展開している「カレーうどん」の有名店が東京に進出してきた。カレーうどんも良いが、ツルツルとうどんを口にする時、汁のしぶきが衣服に掛かるのが難点だ。掛からないように少量ずつ食べれば良いのだが、どうしてもおいしくない。そばやうどんは、勢いよく「かっ込んだ」ほうが美味しい。
 そこで、紙製のエプロンを置いてある店がある。進出してきたカレーうどん屋は、「エプロンはありますか」と、客が尋ねたら、「はい、10円いただきます」と、返って来たそうだ。
 いかにも、名古屋らしいともいえるが、何ともいじましい。ネットで調べたら、20円取る店もあるようだ。
 みみっちくも、こんなことを話しながら、食事をしていたら、魚料理を売り物にしている自由が丘のさる居酒屋では、日本茶は300円取るそうだ。中華料理の店ではよく聞く話だし、中国の現地では当たり前だ。
 しかし日本料理の店では、あまり聞いたことがない。やはり、暮らしにくくなっているのかもしれない。

×月×日 学芸大学のすし屋「小倉」。初物のトリガイを食べる。九州産とのことだが、姿は良かった。ホタルイカのしゃぶしゃぶ、焼き筍と、初物づくし。
 最近のすし屋の握りは、ますます小型化していく。「お客さんが、いろいろな種類」を食べたがる傾向がある、とは店主の小倉一秋さんの見方だ。納得。
 それと、昔は2貫ずつ握ったものだが、1貫ずつ握るのが常識になったようだ。なぜ2貫ずつ握ったかという理由は、計算が簡単というのが通説だが、はっきりとはしない。

×月×日 日本橋の「ギャラリー白百合」で、第5回「清遊版画会<木版画の世界>」の展覧会。小学校から中学高校を通じて大学まで同じだった大野雍幸さんの木版画を観る。
 木版画と言っても、いわゆる木版のイメージとは、全く異なる。画題は、シクラメン。
 絵の具は水性と油性があり、併用することもあるとのこと。精緻なリトグラフを思い起こさせる。ちょっと見ただけでは、木版とは分からない。シクラメンの花言葉である「清純」や「はにかみ」を感じさせる清々しい作品だった。(14・3・19)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。