第93回 代官山「小川軒」、立川談春、安倍首相は「軽躁状態」、コルニーチェ、選抜高校野球、鶴竜

×月×日 さるキリスト教系私立大学の理事長から、「文学事典」の出版を代官山の「小川軒」でお祝いしていただく。現代フランス料理の正調を壊すことなく、和風の伝統を上手く融合させている。
 ワインはシャブリとニュイサンジョルジュ。

×月×日 世田谷区民会館で立川談春の独演会。昨年から始まった都内23区を回る「デリバリー談春」の最終回。立川春吾の「堀の内」に次いで、「よかちょろ」と「百年目」。
 大店の若旦那が、吉原の花魁(おいらん)に入れあげる噺だ。池波正太郎が小学生の頃、上野の鈴本で桂文楽(8代目)に、所望(しょもう)してたしなめられたとも、他のお客が喜んで文楽に「演(や)れ、演れ」とけしかけたとも伝えられる。
 明治の中ごろ流行した俗曲「よかちょろ節」は、「芸者だませば、七代たたる。パッパよかちょろ……」といった歌詞だが、さまざまな替え歌が派生したと言われる。
 落語では、「女ながらも、まさかのときは、……よかちょろ、すいのすいの……味見てよかちょろ……」と言った感じで、意味不明。現代のラップみたいなもの。結局、若旦那は勘当になる。
「百年目」は、同じ大店でも、堅いと評判の大番頭が、向島へ芸者衆と花見に出かけ、主人と鉢合わせする。1時間近い熱演だった。
 談春は、「今、最もチケットが手に入らない落語家」と言われる。誰が言い出したかと言うと、「自分が言い出した」と、明かしていた。多分、真相はそんなところだろう。
 TBS系の連続ドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」に悪役での出演が決まり、フジテレビ系の深夜番組「噺家が闇夜にコソコソ」では司会を務める。忙しい人だ。
 師匠の立川談志が存命だったら、このような「冒険」はできなかったかもしれない。

×月×日 フジテレビの「森田一義アワー笑っていいとも!」の「テレホンショッキング」に安倍晋三首相が、現役首相としては初めて生出演した。友人の神経科医師によれば、「安倍首相は軽躁状態」とのこと。納得。
 首相の「そういう意味に於いてですね」と「丁寧に取り組んでいきたい」という言葉は、聞き飽きた。切実感と信憑(しんぴょう)性、信頼感に欠ける。「丁寧」は誰もが異を唱えられない正しい言葉だけに、余計、空虚に聞こえるのではあるまいか。
 翌日に知ったが、安倍首相に好意を持たない人たちが、「首相は、いつ辞めても、いいとも!」と書いたプラカードを持って新宿のアルタ近くに集まったという。こういうニュースこそ新聞は報道すべきだ。政治部の記者だけでなく、社会部も行かなくては。

×月×日 かつての同僚、Sさんと緑が丘のイタリア料理「コルニーチェ」でランチ。
 名物の生ハムサラダ、白アスパラとチーズのリゾット、仔牛のクリーム煮。

×月×日 第86回選抜高校野球大会が開幕した。開会式が長い。前年の準優勝チームまで優勝旗返還する必要は無い。国歌の独唱と選手宣誓が良かっただけに、残念だった。
 とはいえ、選手宣誓の「力いっぱい、全力を尽くします」は、ダブリ感がある。昔、子供のころ憶えた、同じ意味の表現を繰り返す「戯文(ざれぶみ)」にこんなのがある。
<古(いにしえ)の昔の武士の侍(さむらい)が、馬から落ちて落馬して、女の婦人に笑われて、顔を赤く赤面し、腹を切って切腹した>
 また、毎日第一試合の冒頭に始球式を行う必要があるのか。
 NHKと毎日新聞は、なぜ、「センバツ」と片仮名表記を多用するのか、わからない。

×月×日 大相撲春場所(大阪)は鶴竜が12勝1敗で優勝、横綱昇進を確実にした。3人の横綱は、全員モンゴル出身。
 これでは、相撲にいまいち人気が沸かないのも止むを得まい。(14・3・26)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。