第96回 名残の桜、『八代目正蔵 戦中日記』、橋下大阪市長のジョーク、春を告げるトビウオ

×月×日 テニス仲間のお花見を目黒区の碑文谷公園で名残の桜。先日の大雪で2本の大樹が倒れ、碑文谷池にのめり込んだがすぐに修復された。
 散歩中の犬が突然に闖入(ちんにゅう)しベンチに置いてあった裂きイカを咥(くわ)えこんだ。仕付けの悪い犬だ。マグロの中トロに築地は「松露」の玉子焼き。学芸大学駅下の「学大市場」の焼鳥屋「日本一」の砂肝、軟骨など。ビールの他に、信州上田の銘酒「和田龍」、ワインなど。
 一時間半ほどで、日没となり、切り上げる。

×月×日 青蛙房(せいあぼう)の岡本修一さんから、『八代目正蔵 戦中日記』の恵投を受ける。五代目蝶花楼馬楽(ちょうかろうばらく)時代の昭和16年12月1日から昭和20年8月31日までの日記だ。
 奇しくも私の亡父と同じ明治28年生まれ。
 上野と浅草の間の「稲荷町」の長屋に長く住んで、「稲荷町の師匠」と言われた。晩年は正蔵の名跡を、林家こぶ平(林家三平の息子、祖父は七代林家正蔵)に譲り、林家彦六と称した。
 あだ名は「トンガリ」と言われるだけあって、直情径行な性質から周囲の人たちに限らず衝突も多かった。
 林家喜久扇(きくおう)は師匠の3代目の桂三木助が亡くなった後、正蔵の預かり弟子になった。破門の宣告を37回も受けたという話がある。
 しかし、家族のことを考え戦火の東京で暮らし、全国へ慰問の芸能活動に赴く姿は貴重な記録だ。
 芸能関係者の戦中日記といえば、古川緑波(ロッパ)、徳川夢声が有名だが、その類書とは、また一味違っている。
 私は「飲み会」なる言葉が好きではない。学生時代は、「コンパ」が隆盛で、「飲み会」はあまり聞かなかった。どうも、「即物的」というか、「飲む」という意味だけが強調されている感じを受けるので、使ったことはない。
 本書を読んでいたら、「飲み会」と言う言葉に出会った。戦前から使われていたことになる。一つ利口になった。
 それはさておき、昭和20年4月16日(日)の日記は、こんな具合。
<勇気とは悔ひなき生活者のみが抱懐する。
 信雄(長男)を連れて浅草の焼跡へ行く。まづお爺さんの墓地でトタン板や焼木材の取片附をやる。二人だからすぐ出来た。工藤の家で焼ドウコを拾ってきた。めぼしい物はもう無かった。他家の焼跡には良い品があった。持って帰らなかった。これは非常に善いことをしたと後で想った。>
 5月16日(水)
<信州から大垣へ乗り込んで夜になり、飯の出ないのには洵(こと)に淋しくなった。
 5月1日から名宝三階の名人会へ出演し、9日から14日迄、伊セ四日市東宝へ出演。15日瀬戸に海軍部隊を慰問し、夜行にて雨の名古屋をさよならして16日朝帰宅す。>

×月×日 橋下徹大阪市長が、御堂筋の高層建築物の規制を緩和して、住宅も認められるようになった際の、「愛人を2、3人住まわせたらいい」の発言が問題になっている。市長は、「ジョークも分からないのか」と言って、取り消しは考えていないそうだ。
 しかし、ジョークにしては品が悪い上に、ユーモアが無い。私も毒のある会話は好きで、ユーモアのセンスは大切だと、考えているが、ジョークになっていない。
 やはり、公党の代表者で大阪市長という立場をわきまえてもらわないと困る。綾小路何とか、毒蝮(どくまむし)何とかといった、「お笑い芸人」の「いじり」と同列ではいけない。大道の香具師(やし)の「タンカバイ」(面白い口上を言って商売する露店の形態)みたいなものだ。
 建て前の発言では、面白くならない。おそらく大阪市長の本音に近いのだろう。
 本音で発言して置いて、問題になると、「ジョークも分からないのか」と逃げるのは、卑怯だ。本音を言えない立場の職業があるということだ。弁護士なら、分かりそうなものだけども。

×月×日 春告魚と言えば、昔は、「鰊(ニシン)」に決まっていた。ところが、最近は北海道で鰊が獲れなくなったので、メバルが春告魚になったようだ。「竹の子メバル」とはよく言うから、決して間違いではないが、何となくしっくりこない。
 九州ではトビウオが、春告魚だ。幼名はアゴ。
 デパートの鮮魚売り場にトビウオが有ったので、早速タタキにして食べた。小骨が多いが、ちょっと気を付ければおいしく食べられる。フライにすると、意外においしい。
 トビウオは海面を300メートル以上も飛ぶことがあると言うから不思議な魚だ。トビウオだけは、魚体の重量を計らず1尾単位で取引される。 
 瀬戸内海の兵庫から岡山では、イカナゴが春告魚となる。(14・4・16)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。