第97回 朝日新聞読書面、周富徳さん逝去、立川談四楼の「書評無常」、『考証要集』、『料理人の突破力』、柳家小三治、後期高齢者

×月×日 朝日新聞読書面の「新書」の欄に『ほろ酔い文学事典』が紹介された。感謝。

×月×日 周富徳さんの訃音。中国料理がラーメンと餃子だけでないことを、多くの日本人に教えてくれた。
 あまたある料理学校でも、以前は中国料理を専攻する生徒はあまり居なかった。周さんがテレビに登場してから、急激に増えた。この一事だけでも、日本の中国料理の普及、発展に多大な功績があったといえる。日本料理やフランス料理界の人たちとも親交が深かった。「中国料理は、炒飯に始まって炒飯に終わる」が持論だった。合掌。

×月×日 「新刊ニュース」5月号で、立川談四楼の名物コラム「書評無常」に『食彩の文学事典』が紹介された。
「落語も話せる小説家」と言われるだけあって、流れるような筆致は、噺家の中では群を抜いている。「蓄積のある著者とは言え、その労苦に頭が下がります」とまで書かれては、頭を下げるのは、こちらの方だ。
 過褒ともいえる、「賛辞」に身も細る思い。 

×月×日 文春文庫の『考証要集』(大森洋平)を読む。著者は、NHKのドラマ番組部のチーフディレクターだが、平成11年ごろから、ドラマの時代考証業務を担当してきた。
 これはNHKの職員向けの資料を編集した。
 時代考証というと、江戸時代以前と考えられがちだが、昭和の時代も、もはや「考証」を必要とする時代になった。
 江戸時代に長屋で鍋料理を囲むなんてことは無かった。鍋は下衆(げす)の食べ物で、江戸では貧しくても、大鍋で煮た時も、銘々の茶碗に取り分けて食べたのだそうだ。
 ワインという言葉が盛んに使われるようになったのは、東京オリンピックが開催され、昭和40年代になってからだ。それまでは、ほとんど葡萄酒(ぶどうしゅ)だった。
 昭和初期の上流階級でも、ワインという言葉はあまり用いなかった。こんな話が、五十音順に整理されている楽しい文庫だ。
 東京・大阪間に新幹線が開通した当時は、食堂車があった。私の友人が、「葡萄酒を」とウエイトレスに注文したら、「ありません」という返事。「あの人が飲んでるじゃないか?」と別のテーブルを指差したら、「ああ、ワインですね」と答えた。実話だ。

×月×日 『料理人の突破力』(宇田川悟・晶文社)を読む。著者と、石鍋裕(クイーン・アリス)、片岡護(アルポルト)、小室光博(懐石 小室)の対談集。
 対談が面白くなるのには、異色の取り合わせの初対面で盛り上がる場合と、お互いに熟知しているが故に話が弾むケースの二通りがある。本書は、後者だ。長い付き合いの上で、お互いが相手を知り尽くしている。
 遠慮もなく、ずばりと聞ける。もちろん、聞けないことも有る。しかし、両人とも大人だから、阿吽(あうん)の呼吸で進んでいく。若い料理人にとっては、参考となる必読の書と言えるが、今の若い料理人は読まないだろうな。

×月×日 横浜にぎわい座で「柳家小三治独演会」。前座は、柳家福治の「安兵衛狐」。小三治は、「お初天神」と「禁酒番屋」。
 酒屋の番頭が酒をカステラの箱に入れて、番屋を通ろうとする「禁酒番屋」だが、つい、「どっこいしょ」と言って怪しまれる。この「どっこいしょ」を小三治は忘れたのか、言わなかった。後で「私のつまらない一言でばれてしまいました」と番頭は報告するのだが、肝心の「ひと言」を忘れたのでは、噺が「半ちく」だ。どうも、最近の小三治にはこの種の「抜け」がある。

×月×日 と思ったら、小三治が落語協会の会長を辞任して、副会長の柳亭市馬が昇格するとの新聞報道。
 有楽町の朝日ホールで、朝日名人会。林屋たけ平が「扇の的」、古今亭菊之丞が「三味線栗毛」、五街道雲助が「髪結新三」、橘屋圓太郎の「星野屋」、トリが柳家権太楼の「青菜」。
 菊之丞は市馬師匠に、「会長就任おめでとうございます」とメールを打ったら、「まだ、就任していない」と返信があったと、マクラに振っていた。

×月×日 75回目の誕生日。いよいよ後期高齢者なるレッテルを貼られた。この名前が、「センスが無い」とか、「直截すぎる」と言われ、登場したときは、あまり評判が良くなかったが、私はその呼び方については、何の感興もない。70を過ぎたら、どう呼ばれようとも同じだ。
 フェイスブックで多くの方から、誕生日の祝福メールを頂戴した。中にはわざわざご丁寧にも、「後期高齢者ですね」と教えてくださるお方もいた。まことに有難いことだが、よほどに暇なのだろう。
 よくデパートの人気商品とか、よく当たると騒がれる宝くじの窓口にできる行列の最後に「ここが最後尾です」と書いたプラカードを持って整理している人がいる。
 火屋(ひや)の順番を待つ最後尾のプラカードあたりに、ようやくたどり着いた感じだ。しかし、これから先、並んだ順番通りに列が進むとは限らない。
 私は、別に先を急がないし、先方にこれといった用事もないから、後から来た人でも、お急ぎの向きはどうぞお先に行ってください。喜んで順番を無料(ただ)で譲ります。
 そういえば、無料のことを「ロハ」という隠語が有ったが、最近はとんと聞かなくなった。「只(ただ)」を分解してごらんなさい。「ロハ」と読めるでしょう。
 もちろん、私が列の先に入ることがあるやもしれずだ。まあ、その時はウインカーを出して、割り込んでから後続の人にハザードランプを2,3回点滅し、「お先に、失敬」くらいのサインは送るつもりだけれども。ゆっくりご挨拶する時間がないかもしれない。その節はご容赦を。

◇ゴールデンウイークに敬意を表して、2週お休みいたします。次回の更新予定日は5月8日(木)です。(14・4・23)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。