第99回 再び渡辺淳一さん、すし種の四季、オバマと「すきやばし次郎」、童門冬二さん、姫路文学館、「猫の本」と山本容朗さん

×月×日 再び渡辺淳一さんの話を続ける。
 直木賞を受賞して14年目の昭和59年から29年間続けた選考委員を昨年の上期で退任した。選考委員の在任期間としては、かなり長い方だ。もちろん主催者側の強い意向があったからだ。
 常に候補作家を自分のライバルと見ていた。自分が負けるか、勝つかを考えていた。この程度の作品が候補になっているうちなら、自分はまだ安泰と思っていたようだ。自分を越える新人作家は、まだ現れてこないと感じていたから、選考委員を長いあいだ続けていたのかもしれない。
 自ら退くことはいい出さなかったようだが、女性と別れる時と同じだ。親しくなった女性に対して、自分から別れようとは言い出さなかった。自然の成り行きにまかしていたのだろう。
 女性に優しいといえるかもしれないし、優柔不断で狡猾(こうかつ)、と感じる女性も多いかもしれない。
 故人に対して失礼かもしれないが、村上春樹の「女のいない男たち」とは逆に、「女のいない時はない男」だったのだろう。優しかった渡辺さんは、笑って許してくれるだろう。

×月×日 自由が丘の「鮨処 羽生」。トリガイとタイの良いのがあった。細魚(サヨリ)も良い。平目から鰈(カレイ)の季節になって行く。すし種(だね)に四季の移ろいを感じる。
 久しぶりに、東京湾、小柴(こしば)の蝦蛄(しゃこ)が築地に入荷した。蝦蛄も高級すし種になってしまった。

×月×日 話しはちょっと古いが、国賓として来日したアメリカのオバマ大統領を、安倍首相は、私的に「すきやばし次郎」へ招いた。
 周辺は大変な混雑で、「大迷惑」だったと話題になっている。挙げ句に、オバマ大統領は少ししか食べなかったといわれている。
 私に言わせれば、「すきやばし次郎」を選択した意図が分からない。よく言われることだが、雑居ビルの一店舗で、店内にトイレも無いような店によく国賓を案内したものだ。
 JR有楽町駅から帝国ホテルへ抜けるガード下の焼鳥屋の方が喜んだに違いない。あるいは、ネット上のジョークとして騒がれた、「ラーメン二郎」の方が、より日本の実状を理解できたかもしれない。
 外交評論家の磯村尚徳氏によれば、日本とアメリカは、「家庭内離婚」の状態にあるそうだ。値段の高いすし屋で、「修復」に至ったのかどうか。

×月×日 自転車で隣駅の生家に寄った後、駅前でばったり童門冬二(どうもん・ふゆじ)さんと邂逅。仕事場が、駅のすぐそばにある。
 童門さんとは、同じ干支(えと)で一回り違う。お元気だ。「まだ自転車に乗れるのだから、立派なものです」と、不安とお世辞を秘めた「激励」を頂いた。
 そうか。そろそろ自動車の運転を止めようかと思っているけど、自転車にも乗れなくなる年齢なのか。
 私より8歳上の村岡兼造元官房長官が自転車に乗っている姿を、よく自宅近くでお見かけする。そういえば、最近は少し覚束なくなってきたようにも見える。自転車に乗るのも気を付けよう。無謀なママチャリが、気になるのは、その前兆かもしれない。

×月×日 たまたまお目に掛かったからではないが、童門さんから贈られた、『黒田官兵衛——知と情の軍師』(時事通信社)を読む。読了したら、姫路文学館から、7月に開かれる「官兵衛と軍師を描いた文豪たち展」への協力を頼まれた。不思議な縁だ。

×月×日 世の中は大変な「猫ブーム」らしい。
 編集者の大先輩、峯島正行さんから、『猫は神さまの贈り物』(発行・有楽出版社、発売・実業之日本社)の「小説編」と「エッセイ編」の恵投を受ける。猫に関するアンソロジーで、編者は文芸評論家の故山本容朗氏。1982年に有楽出版社から刊行されたものを2つに分けて再編集した。
 文藝家協会報で、昨年暮れに山本氏が亡くなったことを知った。「小説編」の後書きに山本氏の追悼の文を峯島さんが寄せている。
 「山本氏は軽評論家、ゴシップ屋と言われても、別に不服ではなかった」だろうと、峯島さんは書く。小説を読むことが、なににも増して好きだった。
<角川書店にいて、相当の給料をもらい、小説家と朝晩共にできる地位を、自らすてて、一介の物書きに転向し、貧乏しながら売文で、細々と生きたのも、他人にしばられることなく好きな小説が読めるからだという。彼自身がそれに近いことを私に告白したことがある。
 勢い彼の書くものが作家のゴシップというカタチにならざるを得ない。>
 山本氏が最も好きな作家は、吉行淳之介さんだったが、自分の吉行論は一冊も書こうとはしなかった。
 伝説の編集者が、また一人、世を去った。(14・5・14)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。