第106回 柳亭市馬の「猫の災難」、中島久枝の『日乃出が走る』、柳家花緑の「井戸の茶碗」、図書館の「複本購入」、原田百合子のヒカリエ「クラフト展」、田中マー君3敗目

×月×日 有楽町朝日ホールでの「朝日名人会」。三遊亭司の「洒落番頭」、立川生志の「道具屋」、柳家さん喬の「夢の酒」、三遊亭圓楽の「お化長屋」、柳亭市馬の「猫の災難」。
 市馬は、柳家小三治に代わって、落語協会の会長に就任した。

×月×日 中島久枝さんの小説『日乃出が走る 浜風屋菓子話』(ポプラ社)を読む。第3回ポプラ社小説新人賞特別賞受賞作品。 
 著者は、フードライターだが、特に和菓子の世界に詳しい。小説の時代は文明開化。場所は横浜。
 かつては徳川幕府御用達だった日本橋の和菓子屋「橘屋」の一人娘、日乃出が、不審な父の死の謎と、父が日乃出に残したかった幻の西洋菓子「薄紅(うすべに)」の製法を追い求めていく物語だ。
 時代考証と人物造形には粗さがあるが、「情報小説」として、楽しく読める。
 恐らく一冊「小説」を発表したことで、自信が付いたはずだ。次作に期待したい。もちろん、二作目の方が難しいのだけれども。そこで、真価が問われることになる。

×月×日 自宅近くのめぐろパーシモン大ホールで、「柳の家の三人会」。1200人は入る会場は、ほぼ満席。柳家花ん謝(かんしゃ)「粗忽長屋」、柳家喬太郎「抜け雀」、柳家三三「青菜」、柳家花緑「井戸の茶碗」。席が広いと、どうしても噺はスタンダードナンバーになる。
 花緑の「井戸の茶碗」は、正直者の屑屋の清兵衛、細川家の家臣で独身の髙木佐太夫、零落した浪人、千代田卜斎(ぼくさい)の3人のやり取りが噺の骨格だが、若い佐太夫と年老いた卜斎の声音にあまり差違が無かった。
「井戸の茶碗」の井戸というのは、当時の茶人たちの間で評判だった朝鮮渡来の高麗茶碗の中でも、興福寺の寺侍、井戸氏所有の逸品が特に人気が高かったから。

×月×日 知人に頼まれ、本屋大賞を受賞した和田竜(わだ・りょう)の『村上海賊の娘』(上)を目黒区の八雲図書館に問い合わせたら、18部あって、現在880人が待っているとのこと。
 思わず「18部は多いでしょう?」と声を出したら、読み終わった人からの「寄贈」があるので、18部を全部買ったわけではないと言う説明。分かったような、分からないような話だ。同じ本を2冊以上購入する「複本購入」をすべて否定するわけではないが、半分としても、10冊近くは購入しているのではあるまいか。
 図書館は、単なる貸本屋とは違うのだけれども。私のような零細著作者とは、部数が違いすぎるが、それにしてもあまり愉快な話ではない。
 そういえば、電車の中で、図書館蔵とわかる文庫(たいがい、取るにたらない小説の類が多い)を読んでいる人を見ると、思わず睨みつけたくなる。

×月×日 サッカーのワールドカップ・ブラジル大会で日本は、予選リーグを勝ち抜けることはできなかった。
 誰もが優勝は無理だとわかっているのに、一部選手が「優勝が目標」と公言していたのは、理解に苦しむ。実力通りだ。

×月×日 銀座4丁目の「みかわや」で、親族と昼食。クリームコロッケ、小海老のグラタン、ハンバーグステーキなど超高級洋食だ。ご飯には箸が用意され、季節の新香が付いてくる。
 銀座の真ん真ん中だから、値段は決して安くはない。それでも、結構お客が入っている。

×月×日 田園調布の陶芸作家、原田百合子さんが渋谷の「ヒカリエ」で行われている「サマー クラフト展2014」に出店した。そうです、このネッセイのタイトル文字を書いている才人です。
 他の出品作品は、陶芸だけでなく、手工芸、ステンドグラス、木工など、はば広い。
 一緒に中国へ旅行した仲間を募って、「陣中見舞い」と、「お買いもの」ツアー。実際に買っている人を目の当たりにするのは、うれしいものだ。
 ご本人は、「趣味」の世界から脱却したいようだが、今後の道は険しい。手に取ったお客が、「可愛いー」と呟いていたが、「可愛いー」だけでは、商売に結び付かない。
 お買い物ツアー一向は自由が丘へ。「鮨処 羽生」でワインと鮨の会。シャンパーニュのブランドブランから始まって、白はブルーノ・クラヴリエの「ブルゴーニュ アリゴテ」(2010)とミシェル・クトーの「ピュリニィ・モンラッシェ」(2004)、赤は「シャサーニュ・モンラッシェ」の2009。
 ワインに合わせるため、握りを2回に分けてもらい、間に鰹(カツオ)、煮ヤリイカなど赤ワインに合う肴を入れてもらう。締めは、鮪(マグロ)と穴子、玉子焼き。
 鮨とワインを合わせるのには、この構成が最良だろう。自信を込めていう。

×月×日 ワールドカップはベスト8を目指して、最終トーナメントが始まった、第1試合は地元ブラジルと同じ南米のチリ。PK戦の末、ブラジルが辛勝した。
 同じ時刻、イギリスのウインブルドンの3回戦、錦織圭選手の試合も始まったので、NHKとTBSをチャカチャカと往復。
 目覚めたものの、今度は、田中将大投手の対レッドソックス戦。9回の表二死1ボール2ストライクから、5番のナポリに右翼席に一発を放り込まれ、無念の2連敗、3敗目を喫した。
 日没延長になった錦織圭選手は、結局格下のシモーネ・ボレリ(イタリア)にフルセットの末、辛勝し、4回戦のベスト16に初めて進出した。次は第8シードのミロシュ・ラオニッチ(カナダ)と当たる。(14・7・2)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。