第108回 ワールドカップ、『ちいさな城下町』、田中将大投手の故障、出久根達郎さんの『半分コ』

×月×日 サッカーのワールドカップ・ブラジル大会の決勝戦は、延長戦の末にドイツが1‐0でアルゼンチンを下し、ひと月に渡る大会の幕を閉じた。ドイツのメルケル首相の姿が観客席に有り、表彰式に出席していたのには驚いた。日本の首相には考えられない。
 今大会で、目についたのが選手たちの彫り物(タトゥー)だった。自分や恋人の名前はごく普通でサイケデリックなポップ調の絵もあり、なかには息子の手形や、「家族」という漢字もあった。
 中国の女子サッカー選手でも見たことがあるから、これから世界中でますます流行るような気がする。
 話はサッカーから野球に飛ぶが、西武ライオンズと福岡ソフトバンクホークスで2012年まで活躍した強打者、ベネゼラ出身のアレックス・カブレラも腕に立派なタツゥーがあった。
 記憶は定かではないが、ソフトバンクへトレード契約する際に、「タトゥーは見せない」という条項があったといわれる。しかし、日本の夏の暑さでは、どうしてもアンダーシャツの腕をたくしあげる。
 秋山幸二監督は、「文化の問題だから……」と黙認していたようだ。確かに、文化の問題なのだが、「文化なら何でも許される」わけではない。「タトゥーを入れる」文化も有れば、「タトゥーを人前で見せない」という文化も有るのだ。
 カルチャーショック(文化の衝突)はお互いに譲り合わないと、解決しない。
 最近、料理人の腕にタトゥーを見ることがある。私が古い人間だからか、そういう店では、食欲が急に失せてしまう。
 話は変わるが、認知症老人の行方不明問題にNHKが力を入れている。警察などに捜索願を出しても、省庁間の横の連絡が悪く、不明者の情報を共有できなかったり、「個人情報」の壁が立ちはだかって、なかなか見つけ出すことができない。
 ベトナム戦争時、米軍兵士は各自の登録番号(血液型なども)を刻印したペンダントを胸にぶら下げていた。死体確認のためでもある。戦闘が終わって、胸のペンダントを引きちぎって、空に放り捨てる若い兵士たちの映像は、今でも記憶に新しい。
 胸にペンダントをぶら下げる男性ファッションが一般的になった契機でもあった。
 認知症で徘徊する老人たちに、タトゥーを入れたら、というのは、悪い冗談だったが、どうも最近は「冗談」ではなく「現実味」を帯びてきたようだ。
 スポーツの祭典のフィナーレから、話がとんだところに飛んでしまった。現実は、それだけ「無粋な世の中」ということでもある。

×月×日 安西水丸『ちいさな城下町』(文藝春秋)を読む。急逝した著者が遺した「城下町」のルポルタージュ。城下町の好みは、10万石以下というから、なかなか渋い。天守閣に注目する人も多いが、あんなものは「大工仕事」と言ってはばからない。
<なまじっか復元された天守閣などない方がいい。わずかな石垣から漂う、敗者の美学のようなものがたまらない。>
 沼田、行田、安中、朝倉など、訪ねた地名を見るだけで、旅に出かけたくなる。

×月×日 ニューヨークヤンキースの田中将大投手の故障ほど残念なニュースはない。右肘靭帯(みぎひじじんたい)の部分断裂というのだから、素人でも大変な故障ということが分かる。昨年の日本シリーズでの連投があり、慣れない異国の地での緊張も影響しているのだろう。
 アメリカでは、一試合の投球数をやかましく制限するが、登板間隔はそんなにうるさいことはいわない。日本では、「中5日」が標準で登板間隔をかなり問題にする。アメリカでは、「中4日」だ。これからは、登板間隔も配慮してもらいたいものだ。これも「文化」の範疇かな。
 ところで、田中投手のコメントが良かった。
<長い野球人生の一部であることを受け止めています。選手としてプレーを続けている以上、故障するリスクは常にあります。そういった状況に陥ったとき大切なのは、しっかりと自分の身体と向き合い、一日でもはやく復帰できるように努めることだと思います。みなさんに元気な姿を見せられるよう頑張ります。>
 立派なものだ。アメリカでは、怪我して謝る選手なんて見たことが無い、と半ば「驚き」をもって受けとめられているようだ。これも、「文化」の違いだ。
 一日も早い回復を祈るや切である。

×月×日 出久根達郎さんから、新刊『短篇集 半分コ』の恵投を受ける。三月書房の小型愛蔵本シリーズ。今でもこのシリーズが続いているとは知らなかった。 
 文庫サイズで函入り、糸綴(つづ)り、箔押しという手の込んだ仕事だ。失われゆく「技術」と言ってもいい。1961年から、今までに87冊ほど刊行されている。
 私が所蔵しているのは、狩野近雄の『食いもの好き』(1972)、池田弥三郎の『わたしのいるわたし』(1973)、辻嘉一の『大福帳』(1974)の3冊。いずれも「絶版」となっている。
 日本の出版文化の粋(いき)と誇りを継続している仕事だ。(14・7・16)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。