第111回 「渡辺淳一さん お別れの会」、大久保房雄さん逝去、銀座「いまむら」、香山リカさんの『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』(朝日新書)、人形町のビストロ「イレール」

×月×日 「渡辺淳一さん お別れの会」がようやく帝国ホテルで開かれた。有力出版社と遺族の間で、話が食い違ったようだ。発起人は、新聞、出版社など18社の社長。
 約900人が出席。作家を代表して北方謙三さんと林真理子さん。友人を代表して臨済宗相国寺派管長の有馬頼底(らいてい)さんが「お別れの言葉」を述べた。有馬さんは、渡辺さんが新人時代に属していた「石の会」を主宰していた有馬頼義(よりちか)氏の遠縁に当たる。
 出席者も、津川雅彦、豊川悦司、三田佳子、黒木瞳、名取裕子、川島なおみ、矢代亜紀などの芸能人から石破茂などの政治家まで多彩な顔ぶれで、生前の交友の広さを物語っていた。
 作家は、浅田次郎、宮部みゆき、出久根達郎、三好徹さんなどの顔が見えた。画家は村上豊さん、装丁家は三村淳さん。古い編集者が不自由な身体にもかかわらず、杖を突いて駆け付けた。渡辺さんほど編集者から慕われた作家も珍しい。
「文壇の大御所」と言われているが、デビュー当時から知っている者にとっては、あまりピンとこない。つい「淳ちゃん」と呼びたくなってしまう。

×月×日 同じ日、「純文学の鬼」といわれた元講談社の編集者、大久保房雄さんの訃報が入った。講談社時代に一度お目に掛かったことがある。雑誌「群像」の編集長だったと記憶している。
 芥川賞の選考委員が交代したときで、文学賞の選考委員の「価値」について取材に赴いた。「賞の選考委員になるのは、文学賞を一つ貰うくらいの価値がある」とのたまわったさる文芸評論家の「ご託宣」について意見を聞きにいったのだった。
「どうして君は、そんなつまらないことに関心があるのかい?」と、軽くあしらわれた。「週刊誌の記者ですから」とは言えなかった。
「第三の新人」を育てた人で、遠藤周作氏などは、坐っている大久保さんの後ろで、「直立不動」だったという話が残っている。
 ゴルフの「丹羽学校(作家の丹羽文雄氏が校長格で主宰していた作家の集い)」の事務局長的仕事をしていた。ゴルフのマナーについてうるさかった。
 晩年になって「入学」した佐野洋、三好徹、渡辺淳一といった人たちにしてみれば、「うるさいじじい」と感じたのだろう。ある日、渡辺さんは、「あなたは、どなたですか」と尋ねた。もちろん「仲間」と示し合せてのことだ。それ以来、「静か」になったという伝説がある。
 底流に、純文学至上編集者に対する大衆文学作家の対抗意識があったこと、言うまでもない。

×月×日 朝日新聞社の文芸担当記者と、銀座の「いまむら」へ。「渡辺淳一さん お別れの会」の裏話を聞き、渡辺さんの「知られざる一面」を語る。
 渡辺さんを良く知る女性に某出版社が、すでに「手記」を依頼したという噂がある。吉行淳之介さんも、亡くなってから複数の女性の「手記」が発表された。私が「手記」を読んでみたいと思う女性は、吉行さんの倍はいる。
「いまむら」では、新潟県長岡市の食材を使い、長岡の酒を楽しむ「長岡フェア」を13日までやっている。

×月×日 香山リカさんの『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』(朝日新書)を読む。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がもたらした、新しいタイプのうつ病が増えているという。
 出産を迎えたある女性は、「分娩台なう」と書き込み、しばらくして「産まれた~!」と新生児の顔をアップしたらしい。そのうち、「臨終なう」が現れるだろうという話がある。いかにも、有りそうな話だから、怖い。
 レストランへ行けば、食べた料理の写真を撮り、父親が娘のために作ったお弁当の写真を誇らしげに開陳する。不思議な世の中になったものだ。「過剰ナルシシズム症候群」と言ったのは、評論家の松坂健さんだった。
 それだけ私生活を公開し、自己顕示欲に溢れているかと思えば、やたらと「個人情報」をかさに、周囲に壁を張り巡らして閉じこもる風潮もある。匿名性と実名性の境界があいまいになり、ネット上の虚実が混在して来ると、神経を病む人も増えているに違いない。
 ネットでの発言は、匿名性に加え、自分の顔も、相手の顔をも見えないところから、どうしても「非抑制性」がさく裂し、「言わなくてもいいことまで」言ってしまう。
 実名で発表している、この「ネッセイ」でさえ、同じような経験があった。当然、後で落ち込むことになる。
 ネット依存症から、「ヘイトスピーチ」や「プチ正義」につながっていく過程にまで香山さんの筆は及んでいく。現代の奇妙な世相を、実に的確にえぐり出している。

×月×日 島田哲也シェフのビストロ「イレール 人形町」へ。恵比寿から白金高輪を経て、9月で1年になるとのこと。田園調布の陶芸家、H先生とサプリメントメーカー商品企画部のE課長と。
 前菜は田舎風パテ、蛸(たこ)とアボカドのサラダ、ウニのカッペリーニ。メインはクロダイのポアレと熟成した和牛のもも肉のあぶり焼き。
 古き良き町人形町に、新しい息吹が吹きこまれた感じ。(14・8・6)

◇夏休みのため、2週ほどお休みを頂き、次回更新日は8月27日を予定しております。悪しからず、お許しください。
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。