第112回 『マラソンと日本人』、永田力画伯の死、早くもボジョレー・ヌーボウ、「日本SF展」、芥川賞と直木賞、五山の送り火、高校野球選手権

×月×日 スポーツライターの武田薫さんから、『マラソンと日本人』(朝日選書)が送られてきた。長年の地道な仕事の集大成ともいうべき労作だ。
 金栗四三、円谷幸吉から瀬古利彦、川内優輝まで、マラソンが主体だが、日本の陸上競技史でもある。スポーツ経済論から日本人論にまで筆が及んでいるのは、長年にわたる武田さんの研鑚と努力の賜物、といっていい。
 繊細な目配りが効いた強靭な健脚が行間から伝わってくる。

×月×日 画家の永田力(ながた・りき)さんが亡くなった。享年90。「週刊朝日」に連載された水上勉の『飢餓海峡』の挿し絵がよく知られている。私が、初めて担当した連載小説、結城昌治さんの『白昼堂々』(「週刊朝日」)の挿し絵もお願いした。
 飄々とした洒脱味のある画風だった。やはり、「挿し絵」の仕事には屈託があったようで、誌面で画家の名前は、作者よりなぜ小さいのか、などとぶつぶつぼやいていた記憶がある。かなり以前からメディアに顔を出さなくなったので、気にはなっていたのだが、長い闘病生活だったようだ。
 吉村昭さんと組んだ『東京の下町』、『昭和歳時記』(いずれも文春文庫)を読み直した。良い仕事だった。合掌。

×月×日 毎年の11月第3木曜日は、ボジョレー・ヌーボウの発売日だが、早くもインポーターから「予約」の案内が届いた。
 今夏のボジョレー地区の天候は暑い日が続いているので、成熟したブドウの収穫が見込まれるとのこと。毎年、同じようなことを聞かされているような気がする。

×月×日 世田谷文学館で開かれている「日本SF展」を観る。「日本SFの父」と言われる、海野十三(うんの じゅうぞう)から始まって、星新一、小松左京、手塚治虫、真鍋博などの業績や貴重な資料が展示されている。
 伝説の同人誌「宇宙塵」(うちゅうじん)の現物を初めて見た。東京オリンピック前後に、新宿の中国料理店「山珍居」に集まった「SF作家クラブ」の面々の顔が懐かしい。
「SF作家クラブ」の懇親旅行の際、宿で「SF作家」の意味が分からず「SFサッカークラブ」と歓迎の看板に書かれたそうだ。

×月×日 芥川賞と直木賞の授賞式。黒川博行さんは、1996年に日本推理作家協会賞を受賞した『カウント・プラン』で、最初の直木賞候補になっている。以後候補に挙げられること4回。18年かけて6回目にようやく受賞にたどり着いたことになる。おそらく「新記録」だろう。
「選考委員9人のうち7人は友人」と挨拶して、笑いを取った。しかし、選考委員の中に推理作家協会会員が増えたものだ。
 芥川賞の柴崎友香さんは、黒川さんと同じ丑年だが、二回り下。この人も推理小説を書ける作家だと推察する。人生経験を積んで、ぜひ長編推理小説に挑んでもらいたい。

×月×日 今夏の天候はやはり異常だ。台風と集中豪雨とが同義語みたいになった。
 先ず台風8号の影響で、毎年楽しみにしている大東京湾華火大会が中止になった。
 丁度一週間後のお盆には、京都五山の送り火と嵐山の「鵜飼い」見物を予定していたのだが、早々と「鵜飼い」が中止という連絡が入った。「送り火」は、宗教行事だから、そう簡単には中止とならない。
 京都に着いたら、ものすごい豪雨。車軸を流すような雨とは、こういう雨を言うのだろう。パワースポットとして最近とみに有名になった清水寺の音羽の滝の水も飲むことはできない。雨で濁っているからとのこと。
 鴨川の流れも濁流が渦巻いて、まさに「暴れ川」の風。先斗(ぽんと)町の川床の下にまで、流れが達している。
 翌日の嵯峨野は、快晴となり水銀柱がうなぎ上りとなった。大堰川(おおいがわ)の流れも怒り狂った濁流で、「鵜飼い舟」どころの話ではない。
 帰京したら、広島の「土砂災害」の大惨事だ。「平成26年8月豪雨」と命名された。数日前の京都の豪雨も含まれるのだろうから、他人事(ひとごと)とは思えない。

×月×日 第96回全国高校野球選手権大会は、3回連続出場の大阪桐蔭高校が接戦の末に三重高校を下して4回目の優勝旗を手にした。
 今年の大会も、甲子園から数々のドラマが生まれた。
 逆転ゲームが多かった。茨城代表の藤代高校が8点差から岐阜代表の大垣日大高校に逆転された。優勝した大阪桐蔭も準決勝は、福井の敦賀気比に初回5点を奪われてからの逆転だった。
 南北海道代表の東海大四高の西嶋亮太投手の超スローボールも話題となった。身長168センチの小柄な西嶋投手が編み出したひとつの投球術なのに、おかしなことをブログで発信した人がいたらしい。
 精神論や道義的なことを問題にするのならば、1992年に明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督が採った星陵高校(石川)の松井秀樹選手の全打席敬遠策の方が、よほどにたちが悪い。当時の松井選手も今大会の西嶋投手も態度が実に立派だった。
 サヨナラ負けを喫した市立和歌山高と滋賀の近江高校は、いくつかの共通項がある。
 両試合とも、一死一、三塁から勝負がついた。試合後の監督は、「前進守備」が徹底しなかった、とそろって悔やんでいた。
 中間守備を敷いて、あわよくば遊—二—一か二—遊—一の併殺を考えるから、水が漏れる。併殺を取れるのは、遊撃への強い当たりで、二塁手もベース近くに居なくてはならない。二塁方向へのゴロで併殺を取るのは、至難の技だ。
 セオリーから言うと、敬遠して満塁策を取るべきで、前進守備からバックホームしか考えようがない。しかも封殺プレーで、タッチはいらない。
 市立和歌山高の二塁手は、頭の中が真っ白になって、ホームへ返球しないで一塁に投げてしまった。難しい打球だったので、我を忘れてしまったのだろう。二塁は間に合わない、という判断もどこかにあったはずだ。
 近江高の一塁手も、無警戒でベースに付いていた。スクイズのボールを捕っても本塁にはまったく間に合わないので、送球をあきらめて、一塁ベースを見たことでも、動揺していたことが分かる。生還した三塁走者は、スライディングもしないで、ホームベースをゆうゆうと駆け抜けた。一塁手は、間に合わないと思っても本塁に送球してほしかった。(14・8・27)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。