第113回 「ヴァロットン展」、盲導犬への愚挙、家飲みワイン、新世界菜館、春風亭小朝の独演会、延長50回の準決勝、『ジャーナリズムの現場から』

×月×日 丸の内の三菱一号館美術館で開かれている「冷たい炎の画家 ヴァロットン」展を観賞。1865年にスイスのローザンヌに生まれたフェリックス・ヴァロットンは、実に不思議な画家だ。人によって好悪が激しく分かれるだろう。
 近代化、大衆化する時代の変化を如実に表現している。日本の浮世絵や北斎漫画の影響も有り、油彩の他に木版画も手掛けた。
 ポップアートの先駆者ともいえるし、何よりジャーナリスティックなセンスが伺える。絵画に限らず、あらゆる美術が大衆化、商業化する予兆が見て取れる。「変革の世紀末」の最終走者であり、新世紀のフロントランナーでもあった。

×月×日 最近、胸が痛むのは盲導犬への刺傷事件だ。いったい、どういうつもりで傷つけるのか全く理解できない。
 犬が嫌いな人もいるだろう。だからといって、介助のための訓練を受けた動物を攻撃して良いわけがない。まだまだ日本は、上等な国、とは言えないようだ。 
 また、ネット上では、この事件に悲憤慷慨(ひふんこうがい)してクリックすると個人情報が盗み取られるケースもあるのだとか。まったく油断も隙もあったものではない。「火事場泥棒」という言葉があったけれども、今や死語になったのか。

×月×日 家飲みワインの質と価格が上昇しているらしい。要は高級品化しているということだ。
 日本の家庭にワインが普及してきたのはごく最近のことだ。それでも、欧米のキリスト教国のように、ワインが宗教と生活に密着していないから、どうしても、贅沢品扱いだった。それがJRのキオスクや車内販売、コンビニエンスストアにも置かれるようになり、普段の生活に根差してきた。
 美味しさと値段は必ずしも比例しないところが、ワインのむずかしさでもあり、面白いところでもある。

×月×日 朝日新書の拙著『すし屋の常識・非常識』と『ほろ酔い文学事典』を担当してくれたYさんが、本郷のさる出版社に転職したので、お祝いの会を神田神保町の「新世界菜館」で。元新書編集長のイッペイさんと元部長のシバノさん。
 冷菜は渤海(ぼっかい)産のコリコリ花水母(くらげ)、冬瓜のさっぱり出汁漬け、紅芯大根の甘酢漬け、湯葉と搾菜(ザーサイ)。
 温前菜は、自家製焼豚と油麦菜(ユーマイサイ)炒め。
 小砂鍋に入った薬膳茸(キノコ)入りのスープ。有明海老を柚子胡椒味で炒めた後に、甘酢ソースがかかった真鯛の素揚げ。
 メインは、国産牛ランプ肉のピリ辛煮山椒風味。一口麺にデザートは、ドラゴンフルーツと氷菓。
 酒は2004年の甕の上部から汲みだした紹興酒。Yさんの新天地での活躍を祈って乾杯。しばらくぶりに中国料理を堪能した。
 イッペイ氏は、某日何を間違えたのか、帰宅途中に京浜急行に乗り、気が付けば三崎口駅。帰りの電車も無く、駅前のコンビニの前、交番の横で、坐り込んで初電を待っていた。ときどき警官が声を掛けてくれたという。
 季節が夏で良かった。

×月×日 JR大井町駅前の「きゅりあん」で、春風亭小朝の独演会。前座は小朝の弟子、春風亭ぽん吉の「元犬」、林家喜久扇の弟子で二つ目の林家ひろ木の「読書の時間」。小朝は「荒茶」、「代書屋」、「男の花道」。
 枕から本題に入る道筋は、立て板に水のように計算された流れだ。話も巧い。しかし、あまりにも演出が智に働き過ぎて、あざとい感じを受ける。「才」ある人の悩みだ。

×月×日 高校軟式野球の全国選手権大会の準決勝。中京対崇徳(そうとく)の延長50回、という試合は壮絶だった。しかも、連投に継ぐ連投で、中京の松井大河投手は決勝戦にも救援投手として登板、優勝したのだから素晴らしい。
 多少残酷な感じがしないでもないが、ここは崇徳の石岡樹輝弥投手、両校の全選手の敢闘をたたえるべきだろう。

×月×日 講談社現代新書の『ジャーナリズムの現場から』(大鹿靖明編著)が面白い。
 朝日新聞記者で、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(朝日新聞出版)、『メルトダウン』(講談社)などの著作がある大鹿靖明さんが10人のジャーナリストにインタビューした。
 10人はいずれもジャーナリズムの世界で、大きな業績を上げている。大鹿さんが、彼らの書いたものを読んで、話を聞いてみたいと思った人たちだ。かつては、大きな組織に属していたが、現在はフリーで活躍している人も多い。
 しかし、大鹿さんは、「ジャーナリストになるには、組織に入らないフリーランスでスタートするよりは、新聞社や放送局などに正社員として属したほうがいい」とアドバイスする。現実を鋭く見すえた卓見だ。
 また、「組織ジャーナリストは30歳代のうちに一冊出版したほうがいいと思っている」とも書く。同感だ。
 マスコミ志望者には必ず読んでもらいたい本だ。(14・9・3)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。