第114回 「リゾ婚」に「アンケ」、 斎藤美奈子さん、錦織圭選手の偉業、『イスラム飲酒紀行』

×月×日 最近、「リゾ婚」という言葉を初めて知った。「リゾート結婚」の略で、ハワイやグアム、沖縄、軽井沢など国内外のリゾート地で結婚式を挙げることらしい。知りませんでした。 
 何でも省略するから困る。この欄でも、すでに何回も指摘したが、外来語の省略と、外国語の略称は、老人には難しい。
 新聞の見出しに「アンケ」とあったが、「アンケート」の意味だろう。
 NHKの朝のニュースに、「エンタメ情報」というコーナーがあり、「エンタメ」を連呼している。エンターテインメントのことだが、いいのかなあ。
 WTは、ワーキングチームだという。ワーキンググループのWGと同じらしい。「少人数の実行隊」が、もっともらしく聞こえてくるから、どこか胡散(うさん)くさくなる。
 文学の世界でもJ小説、YA小説、BL小説など新しい略語が盛んだ。Jはジュブナイル(ジュニア)、YAはヤングアダルト、BLはボーイズラブだという。
 かと思うと、JKは女子高校生を指すとのこと。いやあ、こうなると、もう付いていけません。
 何でも、英語を乱用、省略し、略語化してしまう。そんなことを考えていたら、一流大学を卒業している、さる民放テレビ局の女性アナウンサーが「訃報(ふほう)」を「けいほう」と誤読したらしい。

×月×日 内閣改造について、文芸評論家の斎藤美奈子さんが、東京新聞の「本音のコラム」で、メディアの姿勢に鋭い意見を述べていた。
<内閣改造ってそんなにおもしろいニュースですかね。何日も前から人事に過剰に興奮するメディアを見ていると、記者もしょせんは会社員(あるいは男社会の住人)、との思いを強くする。>
「内閣改造」を「選挙」に置き換えても同じだ。特に新聞社の政治部は、選挙と政局、人事を追いかけるのを「使命」と考えているところがある。明治以来の伝統なのだろう。
 斎藤さんは、「大臣や党三役の交代で政策が変化するなら別だが、そうでもないのに騒ぐ人々の気がしれない」と書く。
 メディアの興味と民衆の興味の間の距離が次第に広がっているように思える。怖いことだ。

×月×日 テニスの錦織圭(にしこり・けい)選手が全米選手権で準優勝の栄冠に輝いた。もちろん優勝してほしかったが、ここは、準優勝を称えるべきだろう。
 最近に限って言えば、男子の4大大会の今までの最高は、松岡修造選手の全英選手権(ウインブルドン)ベスト8だった。
 決勝戦にまで勝ち上がったのは、歴史的快挙で、偉業であることには間違いない。日本のテニスの歴史を変えた、と言ってよい。
 かつての庭球選手で現在の連盟理事クラスの人たちが、「自分達の目が黒いうちに、日本人が4大大会の決勝に出られるなんて信じられなかった」とテレビで発言していた。まさにその通りだ。
 このところ、ちょっと下火だったテニスブームに、また復活の兆しが見えてきた。何より、後に続くジュニア世代にテニスへの関心が高まるだけでも、「錦織効果」がある。
 ラケットを握る後期高齢者としては、うれしい限り。

×月×日 高野秀行さんの『イスラム飲酒紀行』(講談社文庫)が面白い。早稲田大学探検部OBで、世界の辺境や秘境を訪ねて、優れたルポルタージュを発表している。
<私は酒飲みである。休肝日はまだない>と書くように、酒が好きな人だ。
 3年で、飲まない日は2、3日しかない。量はそんなに飲まないらしいが、一杯やらないと一日が終わった気がしない、というから、アルコール依存症の一歩手前まで行っているのだろう。
 アフガニスタンの凶獣、ペシャクパラングやトルコの未確認不思議動物を追いかける「探検取材」だから、どうしてもイスラム圏へ足を入れることになる。
 イスラム圏では、アルコールを飲むことはアラーの教えに反する行為だ。外国人専用のホテルの食堂でも、ビールすら無い。
 しかし、高野さんは、それが建前であり、しかるべきところに行けば、酒が飲めることを発見した。旅行者が物見遊山で歩いていても見つけられない。新宿の歌舞伎町の通りを歩くような生易しいものではない。
 アフガニスタンのカブールでは、中国人が経営する娼館まがいの店までようやくたどり着く。大げさに言えば、酒のために命を掛けて、飛び込んで行く。その結果、ムスリムの人たちも、「本音」では、アルコールを好むのではないか、という仮説にたどりついた。
 単にアルコールを飲むという目的だけではなく、「現地の人たちと、わいわいがやがややりながら、飲みたい」という「崇高」なる欲求と使命感があったから、物語に奥行きが増し、異色のルポルタージュに仕上がった。
 今後、高野さんが行きたいイスラム圏として、名前を挙げているのは、エジプトの旧ユダヤ人地区、イラクのクルド自治区、アゼルバイジャン、ウズベキスタンなどだ。土地自体に興味があるのはもちろんだが、政治的、宗教的、歴史的事情で飲酒が許容されているからだ。

◎別にイスラム圏での酒を飲みに行くためではありませんが、シルクロード取材の第2部ということで、ウズベキスタンへ行きますので、3週ほどお休みいたします。次回の更新は、10月8日を予定しております。(14・9・10)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。