第118回 ウズベキスタン料理の店、「ウィークエンドはパリで」。「世界一美しいボルドーの秘密」、東京オリンピックのデザイナー、柳家権太楼の「御神酒徳利」、竹久夢二とロートレック

×月×日 東京メトロ日比谷線の八丁堀駅の近くに、日本唯一のウズベキスタン料理の店、「アロウヒディン」がある。ギリシャ、トルコからロシアまで、一般的な中央アジア料理だった。ビールはロシア製。ワインはトルコだった。
 前菜とケバブにプロフ。前菜はトマトとキュウリのサラダ、ニンジンの細切りサラダ。プロフはピラフの原形ともいうべき米料理で、お米を油で炊いたようなもの。ニンジンをたくさん用いるのが特徴だ。気分の問題だが、東京で食べたほうがおいしく感じる。
 ウズベキスタンへ同行したソムリエとドクター、近くに住むテニス仲間を呼んで「反省会」を開く。

×月×日 銀座のシネ・スイッチで映画「ウィークエンドはパリで」。結婚30年を記念してパリにやってきたイギリス人の50代夫婦の物語。多少のドタバタ劇に中に人生のたそがれどきを迎える哀感がある。
 日本でこのような映画は、なかなか生まれないだろう。老後の夫婦生活の哀歓は共通するのだが、生活の豊かさが違う。日本人に置き換えると、すべてが貧相に見えてくる気がする。

×月×日 有楽町駅前のイトシアにあるヒューマントラストシネマ有楽町で、映画「世界一美しいボルドーの秘密」を観る。
 ボルドーのシャトーマルゴーの総支配人、ポール・ポンタリエ氏、シャトー・ペトリュース顧問、クリスチャン・ムエックス氏、ワイン評論家のロバート・パーカー氏、ワインジャーナリストのジャンシス・ロビンソンさんら錚々たる論客がボルドーワインを語る。
 マルゴーやベイシュベル、コス・デストゥルネルなど華麗なシャトーの風景を見るだけでも、ワイン好きならたまらない。
 そのボルドーワインを中国の金持ちが買い漁る現状を、リアルに描いていく。ボルドーワインを投機の対象にし、ボルドーのワインを所有するのが、中国ではステータスの象徴になっている。
 なぜ、中国でこれほど貧富の差が生まれたのか。まさにブルジョア階級の出現に他ならない。なにも中国に恨みがあるわけではないが、ワイン投機があまりにも過熱するのは、ワインに限らず、酒のみにとっては違和感がある。貧乏人の僻(ひが)み、と言われれば、おしまいだが、銘醸ワインに辣油(ラーユ)を垂らされたような酔い心地になる。

×月×日 六本木の国立新美術館で、「オルセー美術館展」。マネの「笛を吹く少年」が目玉。モネの「草上の昼食」、「サン=ラザール駅」、ミレーの「晩鐘」など。日本人は印象派が好きだ。やはり、分かりやすいからだろう。

×月×日 東京オリンピックや新幹線の開業から50年ということで、回顧番組が目につく。NHKのドキュメンタリー「1964から2020 オリンピックをデザインした男たち」を見る。力作だが、野地秩嘉(つねよし)さんの『TOKYOオリンピック物語』(小学館)の名前が参考文献に出ていなかった。これは失礼な話だ。
 この本を読まなかったら、ピクトグラムの著作権放棄の話や、表彰台のデザインなど常識的には浮かんでこない。NHKを初めとしてテレビ界には、この種の話が多すぎる。「参考文献」や資料提供者の名前をテロップに出すことを極力嫌い、拒否しているようにさえ思える。

×月×日 自由が丘の「女神祭り」は、年々盛んになる。商店会の熱意に各商店が応えて協力体制が整っている。
 臨時の屋台が立ち並ぶ路地を分け入り、中国料理の「梅華」で、テニス仲間の懇親会。「暑気払い」に乗り遅れたので、もう「忘年会」の雰囲気。

×月×日 有楽町の朝日ホールで「朝日名人会」。金原亭馬治(うまじ)の「棒鱈(ぼうだら)」、桃月庵白酒の「首ったけ」、柳亭市馬の「片棒」、桂歌丸の「ねずみ」、柳家権太楼の「御神酒徳利(おみきどっくり)」。いずれも、「大ネタ」と言うわけではないが、寄席ではなかなか聴けない、本道の噺ばかり。落語のスタンダード・ナンバーだ。
 体調を崩していた歌丸は、中入り後に順序を変えたと思ったら、幕が開くともう高座に座っていた。一瞬、古今亭志ん生の晩年を想起したが、口跡にはまだ張りがあった。
「御神酒徳利」は、6代目三遊亭圓生が、1973年に昭和天皇の御前で演じた噺として知られる。元は大阪の噺で、主人公が宿屋の番頭のバージョンと出入りの八百屋の二つがある。
 かなり長い噺だが、権太楼は笑わせるところを上手に残した3代目柳家小さん系の「八百屋版」で、後半大阪の鴻池家まで行くところを、小田原宿で、自分自身が「紛失(ふんじつ)」するサゲにしている。

×月×日 生誕130年を記念した「竹久夢二展」を観るために横浜の高島屋まで。日本橋店を見逃したため。「ベル・エポックを生きた夢二とロートレック」と副題にあるように、夢二は画壇の枠にとらわれず、商業美術の世界に飛び出した異端児であり、日本のデザイン界の先駆者でもあった。
 夢二は「大正の歌麿」といわれるが、単なる「美人画」の作者だけではない。現代の商業美術と出版美術に、大きな影響を与えた功績が忘れられている。(14・10・29)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。