第119回 上海蟹、日本料理「樋口」、「ホント」の氾濫、春風亭一之輔、錦織圭

×月×日 神田神保町の新世界菜館で上海蟹を楽しむ会。中国で、「官官接待」が減少したため、上海蟹の値段が大幅に下落したと、傅健興社長から説明を受ける。老酒漬と姿蒸しを堪能する。
 ドラモットのブランドブラン2002に始まって、ウズベキスタン、イタリア、スペイン、フランスなどのワインを飲む。圧巻はヴォルネー・クロ・ビラージュの1978。造り手は、ベルナール・ドゥグランジュ。とても30年以上も前のワインとは思えないくらい、実にしっかりしていた。

×月×日 京都の板前割烹、「すだ」の須田健治さんに教えてもらった渋谷神宮前の日本料理「樋口」へ。
 菠薐草(ホウレンソウ)と椎茸の蒸し物、海鼠子(コノコ)添え
 鯖(サバ)の棒鮨
 銀杏(ギンナン)、唐墨(カラスミ)、海胆(ウニ)
 グジ(甘鯛)の栗蒸し
 鰆(サワラ)のあぶり
 平目(ヒラメ)の造り(塩酢、醤油、わさび)
 土瓶蒸し(鱧)
 活子持ち鮎の塩焼き
 鰊(ニシン)、芋、菜の炊き合わせ
 蕎麦(2枚)
 ラム風味の最中アイス
 とりあえずビールと手取川2本をぬる燗で。京料理でもなく、かといって江戸料理でもない樋口さんの料理だ。いい店を須田さんに教えてもらった。そう言えば、京都にも行きたくなった。

×月×日 最近気になるのが、会話の中にやたらと「ホント」が氾濫していることだ。「本当に」ではなく、「ホント」だ。特に、スポーツ選手がインタビューで頻繁に使いまくる。合いの手のようで、「本当に」の意味はまったくない。スポーツ選手だけでなく、どこかの放送局のアナウンサーが、日本シリーズで優勝した秋山幸二監督に「ホントにおめでとうございました」と言っていた。
 自分の立場が、危うくなった政治家なども使う。今度、ちょっと気を付けて聞いてごらんなさい。世の中、「本当のこと」が少なくなってきたか、「本当のこと」を喋れないからだろう。「ホント」と言ったら、「ウソ」と思った方がいいのかもしれない。 

×月×日 今どき最も取りにくい落語家のチケットは柳家小三治と言われるが、春風亭一之輔のチケットも小三治以上に「プラチナペーパー化」している。
 開場したての「よみうり大手町ホール」で一之輔の独演会。題して「2014 落語一之輔 一夜」。5年連続で開催される由。来年は二夜になり、その次の年三夜になり、五年目は五夜で合計十五夜になる勘定。
 有楽町の「よみうりホール」と間違える人もいるだろうと思っていたら、案の定、後ろの席の女性が、「有楽町へ行っちゃった」と話していた。若い人の足なら、10分も歩けばすむところだけれども。
 三笑亭夢吉の「附子(ふず)」の後に一之輔が登場して、「蝦蟇(がま)の油」と「青菜」。中入り後の膝送りが林家正楽の「切り絵」。トリは一之輔が初演の「文七元結(ぶんしちもっとい)」に挑戦した。
 吉原は佐野槌(さのづち)の女将のすごみが出ていないし、娘のお久に勤めをさせたら、「悪い病気になるかもしれない」と言うところを抜かしたから、後段の「神棚に無事を祈ってくれ」が効いてこない。歳末の噺なのに、季節感が希薄で、寒さが伝わってこなかった。
 人気の一之輔をもってしても、大ネタの「初演」がいかに難しいかがよく分かった。

×月×日 テニスの錦織圭が、世界ランキングの5位に入った。アジア選手では、史上初めての快挙だ。ノバク・ジョコビッチ(セルビア)やロジャー・フェデラー(スイス)といった超トップクラスの選手と対戦できるだけでも、夢みたいな話だったのが、互角に勝負し勝利できるまでになったのだから、素晴らしい。
 先週パリで行われた「BNPパリバ・マスターズ」(錦織はベスト4)を、テレビで観ていたが、テニスの応援風景も変わったものだ。
 特に錦織の3回戦、フランスのジョーウィルフリード・ツォンガとの対戦はひどかった。相手が地元と言うこともあり、ここぞというときには手拍子を打ち、錦織のミスによる得点にも歓声を上げる。
 相手のつまらないミスによる得点では拍手をしないと、教えられたものだけれども。どうやらテニスも「格闘技」の仲間になったということらしい。
(14・11・5)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。