第121回 「マダム・マロニーと魔法のスパイス」、三女子の「出版記念会」、落語「死神」、白鵬の「ダメ押し」

×月×日 渋谷のBunkamura「ル・シネマ」でアメリカ映画「マダム・マロニーと魔法のスパイス」を観る。インドのムンバイの市場の光景から始まる。殻に入った生の海胆(ウニ)が売られているのには驚いた。
 南西フランスはツールーズ近くのサン・アントナン村の風景が楽しい。一つ星のレストランの目の前にインド料理の店がオープンする。最初はいがみ合っていた二軒だが、やがて友好的な関係になる。
 ストーリーに意外性はないが、タンドリーチキンから最新の調理技術を化学的に分析し、新しい味覚を追求する分子料理の店まで登場し、食と民族、食と家族の関わり合いが楽しめる。

×月×日 ワイン仲間のT弁護士と中野の「ふく田」。来週に開かれる「三女子の出版記念会」の献立を検討する。三女子の出版とは、福地享子さんの『築地魚河岸 寿司ダネ手帖』(世界文化社)、安齋喜美子さんの『葡萄酒物語 ワインをめぐるとっておきの17話』(小学館)、土田美登世さんの『やきとりと日本人』(光文社新書=12月刊)。
 女子という言い方が流行しているが、「子」が付くのは、もともと「男」だけだったのではないか。「子」は別に子供を指すわけではなく、男性に対して女性は、「女人(にょにん)」といった。「子」と「人」に差別的な背景があるのか、どうか。少し調べてみよう。
 鱈(タラ)の白子のフライを頼んだら、板前が気を利かして、河豚(フグ)の白子を揚げてくれた。とても予算内には収まらない。
 鮟鱇(アンコウ)も季節なのだが、今年は海水の温度が高く不漁らしい。自家製の唐墨(からすみ)がブームだが、今年は中止にしたとのこと。法外な値段になっている。生産量が少ないところに、作る人が増えたのだから、当然の話しだ。海の中の生体図は、実に難しい。
 せっかくの「焼き鳥」の本なので、合鴨の焼き鳥を作ってもらうことにした。

×月×日 「三女子」の会の司会をお願いするNさんと神宮前の「樋口」で、進行などの打ち合わせ。
 海鼠腸(このわた)の飯蒸し、造りは鯛(タイ)に鰤(ブリ)の漬け。鰤大根、海老芋と銀杏の八寸、魳(カマス)の祐庵焼きなど。食後の甘味は「葛きり」を選ぶ。手際よく大鍋に湯を沸かしての手づくり。市販の乾燥品を戻したお手軽なものではない。

×月×日 有楽町の朝日ホールで「朝日名人会」。金原亭馬吉(来年真打に昇進して馬玉を襲名)の「王子の狐」、隅田川馬石の「明烏(あけがらす)」、柳家喬太郎の「ハンバーグができるまで」、柳家小里んの「将棋の殿様」、柳家小三治の「死神(しにがみ)」。
 前にも書いたが、「死神」はグリム童話を初代の三遊亭圓朝が翻案した、といわれる。死に神から伝授された呪文も、噺家によって微妙に異なるが、だいたい最初の「アジャラカモクレン」と最後の「テケレッツノパー」は変わらない。間に入るのは、「アルジェリア」、「モンスターペアレンツ」など、その時代の流行語や世相のキーワードが用いられるようだ。
 サゲは、自分の命と引き換えに蝋燭の火が消えようとするので、死に神に頼んで新しい蝋燭に火を移し替える。6代目の三遊亭圓生は、「消えるよ、消えるよ……」と言って高座で前に倒れる。圓生が言うと、「けえるよ…けえるよ…」と聞こえる。 
 小三治は、新しい蝋燭に移し替えて安堵するが、クシャミをして終わり。大事に蝋燭を家へ持って帰り、女房から昼間にもったいない、と言って吹き消されるサゲを採る噺家もいる。

×月×日 92歳で亡くなった母の13回忌を中野の宗清寺で。お寺は、だいたいが薄暗く陰気な感じがするものだが、ここは、そのイメージを払しょくして、親しんでもらおうと綺麗に改築した。本堂も床暖房の畳敷きで、椅子が用意されている。
 年を経ると、時の過ぎるのが早くなると誰しもが感じるものだが、「一年の長さは、一歳児を基準にしたもので、その後は、二歳になると2分の1になり、六〇を過ぎると60分の1と短くなっていく」とは住職の講話。
 6人のひ孫たちだけで、記念撮影。久しぶりに一族郎党が集う機会を得た。これが法事の意義と、目的だろう。

×月×日 大相撲九州場所の8日目。照ノ富士をつき出した白鵬は、勝負が付いた土俵下で相手の背中を突いた。
 北の海理事長が「流れで押した」などと言っているのは、どうかしている。朝日山審判部長は、「アレは駄目だ」と言って、注意する意向を示したが、みっともないことこの上ない。まるでプロレスの場外乱闘だ。
 土俵下で、敗者に駄目を出すなんて光景は見たことが無い。NHKも実況の藤井康生アナが「いけません」と言っていたが、解説の北の富士は、もごもご。このように関係者が協会におもねってばかりだから、駄目なのだ。
 かつて朝青龍もやったし、白鵬も今回が初めてではない。双葉山が、連勝を阻まれた時に言ったと伝えられる「吾、未だ木鶏(もくけい)足りえず」を好んで使う白鵬だが、「付け焼刃」ということがすぐばれる。木鶏どころか、折り紙の鶏の影みたいなもの。厳重に注意すべきで出場停止にしてもいいくらいの罪状だ。

×月×日 テニスの錦織圭選手は、最終戦はベスト4で終わった。フェデラーとジョコビッチに敗れたが、この二人は、いささか突出している。来シーズンは、二人にどこまで迫れるか。クレーの王者、ナダルもいる。
 準決勝のテレビ中継は、深夜にもかかわらず、視聴率が高かったと聞く。来年の錦織選手に期待しよう。早くもオーストラリアでの活躍が見ものだ。NHKは大晦日の「紅白歌合戦」の審査委員に登場させたいだろうが、オーストラリアにいるに違いない。
(14・11・19)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。