第123回 3女子の出版記念会、新聞の見出し、「鮨処 羽生」、「喪中見舞い」はおかしい

×月×日 私が呼びかけて、「三女子の出版をお祝いする会」を中野の割烹「ふく田」で、開いた。
 福地享子さんの『築地魚河岸 寿司ダネ手帖』(世界文化社)、安齋喜美子さんの『葡萄酒物語』(小学館)、12月発売予定の土田美登世(みとせ)さんの『やきとりと日本人』(光文社新書)の3冊。
 福地さんと土田さんは3冊目だが、安齋さんは初めての本。「初めての本」などとまどろこしい言い方をしないで、昔からある「処女出版」と言えば良いのだが、どうもこの表現は使いにくい。セクハラにつながる恐れがあるからだ。そういう意味では、「未亡人」という言葉も、最近はあまり見なくなった。使用しない新聞社もある。
 話が逸れた。出席者は20人。遠く北海道から、美瑛料理塾を主宰する齋藤壽さん(「料理通信」顧問)も駆けつけてくれた。
 料理は、紅芯大根の薄切りに盛られた、トマト、イカ、茄子、アスパラガスのサラダと、帆立スモーク、牛蒡チーズ、ギンナンの串打ちに里芋利休煮、さつま揚げ、あん肝ソテー、ズッキーニ、ラッキョウヨーグルト漬けの前菜。
 岩手産の殻付牡蠣が出て、造りは、鯛、ヒラメの昆布締め、イカ、ナマウニ、シマアジ。お椀は、牡蠣真丈(しんじょ)。
 続いて、合鴨と葱の串焼き 氷見鰤(ひみぶり)照り焼き。「やきとり」の本に因んで、合鴨で焼き鳥を作ってくれた。
 穴子と雲子のフライに、大根ドレッシングのサラダ。鮟鱇の醤油煮。食事は、穴子入り焼きおにぎりに蓮根あんかけ。デザートは豆腐のテラミス。
 ワインに合うよう、板前さんが趣向を凝らしてくれた。合鴨あたりから赤ワインに入った。
「参会者全員の三女子を祝福する心持ちが感じられた」とか、「皆さん謙虚な人ばかりなので、20人いてもゆっくりワインと料理を楽しめた」といった感想を出席者からいただいた。呼びかけ人冥利に尽きる。
 良かった、良かった。三女子のますますの健筆を期待するばかりだ。

×月×日 毎日新聞の見出しに「インフル流行開始」とあった。インフルエンザが、例年よりも早く流行の兆しが見える、という記事だ。
 インフルエンザをインフルと縮めるのも気に入らないが、見出しの文字数は限られているから我慢するとして、「流行開始」とあるのは、どこかおかしい。「開始」というのは、自らの意思で何かを始めることだろう。
 インフルエンザの流行は、自らの意思とは関係が無い。「早くもインフルエンザに警戒」とか、「インフルエンザ流行の兆し」で充分だ。
 もう一つ、朝日新聞の教育面。「格差を考える」の4回。大きく「デジタル教育 通々浦々」とあった。「通々浦々」は「つづうらうら」か「通津浦浦」のほうが一般的だろう。津と浦で、「全国至るところ」の意味だ。「全国通津浦浦から、集まった選手たち」のように用いる。
 記事の中身は、フィリピンの高校中退者や貧困層を対象とした授業、日本の不登校や塾に通えない小中学生への学習支援、障害を抱えた子供たちの視覚授業の三つ。これに「つづうらうら」と見出しを付けるのは、どう考えても無理がある。
 新聞の見出しも、このあたりで発想を変えてスタイルを転換する試みがあってもいい。いつまでも、主見出しと脇見出しの二本立てに固執することなく、前文(リード)と見出しを融合させるなど、アイディアはいくらでもあるはずだ。戦争前後の紙不足時代に、出来るだけ記事を詰め込んだ「紙面編集(レイアウト)」を引きずって、ほとんど進歩していないことが分かる。

×月×日 自由が丘の「鮨処 羽生」へ。常連とおぼしき客が、細魚(サヨリ)の皮を焙ってくれと通ぶって、あるじの健さんに断られていた。
 最近のすし屋では、何でも「焙る」のが大流行だ。特に魚の皮を焙るなんて仕事は、よほど手が空いている時の職人の「好意」と「遊び心」によるサービスだ。それを客の方で心得違いをして、正規の献立(だいたいすし屋に献立なんて存在しないが)に有るものと思ってしまった。
 また、一部の鮨屋が、焙った皮を握って出すようなことをするから、お客の方でも誤解してしまうのだ。

×月×日 師走に入り、「喪中につき年末年始の挨拶を欠礼」の葉書が多い。さる線香の会社が、「喪中見舞い」として、線香を贈ることを盛んにテレビのCMで流している。
「喪中」というのは、「喪に服す」自らの個人的な意識の問題で、他人が勝手に心中へ入り込むことはない。
 相手の宗教をわかった上で線香を贈ることは、決して悪いことではないから、贈りたい人は贈ればよいけれども。
 年が明けて松の内を過ぎたら、「寒中見舞い」の葉書にひと言お悔やみを記せばよいだけのことだ。だいたい「喪中見舞い」なんて言葉はない。「寒中見舞い」や「暑中見舞い」の駄洒落だ。勝手に妙な日本語をひねくり出さられては困る。日本語が乱れるのは、こんなところにも原因がある。メディアにも責任があること、言うまでもない。(14・12・3)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。