第127回 柳家小三治独演会、「蟻のままに……」、「ふぐちり」が人気凋落、年賀状の人気、宮尾登美子さん、「私はシャルリ」

 まずは、寒中お見舞い申し上げます。読者諸賢には、ご健勝に新年をお迎えのことと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

×月×日 年末に行われた蒲田駅前の大田区民アプリコ大ホールでの柳家小三治独演会。
 開口一番は、弟子の真打、柳家はん治の「妻の旅行」。続いて小三治の「時そば」。あっさりしたまくらで、すぐ本題に入った。
 中入りの後に出て来た小三治が、怒ること、怒ること。怒りの矛先(ほこさき)は、自民党が大勝した総選挙。無駄な選挙と原発問題、小三治がこれだけ政治的立場を明確にするのは珍しい。落語家協会会長を辞めたからかもしれない。
 あまりにも気合が入って、まくらが長くなった。すると、はん治が舞台の袖からそろり、そろりと出てきて膝をつき、「師匠、後15分です」とご注進。公共の施設は、終わる時間を厳格に守らなくてはいけないところが多い。あわてて、「野ざらし」を一席。前座を連れてこなかったのか(そんなことがあるのだろうか)、はん治が座布団の返しから、めくりまで世話をやいていた。

×月×日 話は古いが、NHKの午後7時のニュースで人気のお天気姉さんの一人が突然姿を消した。「週刊文春」によって、二股(ふたまた)かけた不倫問題が報じられたかららしい。清純さを売り物にしていたから、各局のワイドショーでも、盛んに追いかけていた。
 いや二股ではなく、もう一人居たから、三つ股ということになった。ある民放のアナウンサーは、三つ股を「サンマタ」と呼んでいた。原稿には、「三股」と書いてあったのだろう。本来は「三つ股」という言葉は存在しない、二人ではなく三人の意味を込めた「造語」だ。それにしても、「サンマタ」とは、まあよくも言ったものだ。
 大晦日のNHK紅白歌合戦では、人気上昇中の歌舞伎役者、尾上松也が審査員席にいた。有働由美子アナが紹介したイントネーションは「尾上松屋」と聞こえた。銀座のデパートではないのだ。 
 かと思えば、ディズニー映画の「アナと雪の女王」から生まれたヒット曲「レット・イット・ゴー」(Let It Go〜ありのままで〜)が氾濫しているが、どうも「蟻のままで」と聞こえてならない。3月に行われる選抜高校野球の開会式の入場行進曲に選ばれたらしいが、こちらは演奏だけで、歌は聞こえてこないから、良しとするか。

×月×日 ふぐちりの人気がさっぱりだという。ふぐ調理師の免許が規制緩和されたので、有難味が薄くなったからだとか、ポンスで食べる淡白な「ちり」の味が若者の嗜好に合わないからだといわれる。 
 二つの理由が重なっているに違いない。「キムチ鍋」とか、「豆乳鍋」、「トマト入りのすき焼き」などクセのある濃い味の鍋が好まれている。
 馬齢を重ねたせいか、最近、かけそばやラーメンにしても、汁の塩気が強く感じられる。行列ができる人気店に共通する「秘密」は、「塩分が強い」ことだ。塩気を控えて薄味に変えたら、たちどころに行列は無くなるだろう。

×月×日 日本で20年ほど前に始まった一年間の世相を漢字一文字で表す企画は、近隣の「漢字国」にも広がっているのだそうだ。
 昨年末の毎日新聞「余録」欄によると、昨年の漢字は、中国が「法」で、台湾は「黒」、シンガポールは「乱」、マレーシアは「航」だった。それぞれのお国の事情がある。
 今年は、どこの「漢字国」でも、明るい漢字が選ばれる年にしたいものだ。

×月×日 年年歳歳、「高齢になったので、今年限りで賀状による交歓を止めにしたい」と記された年賀状を頂くことが多くなった。
 昔は、「謹賀新年」とか、「賀正」、「頌春」とだけ印刷した無味乾燥な賀状がほとんどだった。そこで、「虚礼」という批判も生まれた。しかし昨今の賀状は、写真やイラストレーションなどカラフルで楽しいものが増えた。
 それだけ、高齢者にとっては、ある種の「異和感」が生じるのかもしれない。若い人のエネルギーと付き合っていくのに疲れるのだろう。ただ、「廃止宣言」するほどのこともなく、自分の判断で、年末に投函したり、返信を出すことを止めればいいだけのことだと思うけれども。
 宛て名も中身も印刷だけというのは、どこか寂しい。かつて野村克也さんは、ヤクルト時代だったと思うが、「仕事始め」の際、選手を前にして年賀状を出さないのは、社会人として「常識知らず」だと、訓示した。
 おそらく選手たちにしてみれば、なぜ怒られたか、分からなかっただろう。年賀状というのは、世代を写す鏡のような気がする。インターネットによるSNSの普及で、日本が世界に誇る「お年玉付き年賀状」も、下降の一途らしい。

×月×日 自宅近くのめぐろパーシモンホールで開かれた「新春東西二人会」。開口一番が三遊亭円丈の弟子のまん丈、春風亭小朝の「代書屋」で中入り。小朝は、ホールだと、客席を暗くして、舞台だけを明るくする。独特の演出だが、効果のほどはどうだろう。金髪が目立つだけのような気がする。
 膝替わりが漫才の「ナイツ」、トリが桂文珍の新作「憧れの養老院」。新年3日にNHKテレビの「寄席中継」でも聞いた「まくら」があった。もちろんやむを得ないことではあるが。

×月×日 作家の宮尾登美子さんが亡くなった。面識はあるが、一緒にこれといった仕事をしたことはない。ある男性の有名作家が、「何もあそこまで書くことはないだろうに」と顔をしかめていたのを思い出した。
 梨園の誰でもが知っている「秘事」を小説にした『きのね』が世に出た時だ。その作家には、「あからさまにしたくないことは、そのままそっとしておくものだ」という美学があったのだろう。「当事者が嫌がるものは、書くべきではない」ということだ。
 女性作家の中には、あえてその禁断の美酒を求める人がいる。私はいつも、女性作家とは「残酷」なものだと思う。いくら、小説で、フィクションと断っても、モデルとなった人物の家族や友人、遺族にしてみれば、快く思えない「創作」もある。女性として初めて文化勲章を受章した画家の上村松園をモデルにした『序の舞』(吉川英治賞を受賞)や、江戸時代から続く料亭の世界を描いた『菊亭八百善の人びと』にしても、連載当時は関係者から不満の声が出たと聞いている。
 よく、女性作家の業などという人がいるが、私に言わせれば、男性より「残酷」な面が強い、という一面があるように思えてならないのだ。

×月×日 パリのテロ事件で「私はシャルリ」が、世界的に騒がれている。「表現の自由と宗教への尊敬」という観点から、最新号の風刺画を掲載する判断も各メディアによって分かれた。もちろん「テロリズム」による弾圧が許されるわけではない。しかし問題となった「シャルリ紙」の風刺画が果たして「言論の自由」という「土俵」で争うのに相当する内容か、といわれるとむずかしい。北朝鮮の金正恩第一書記の暗殺をテーマにしたアメリカ映画「ザ・インタビュー」や、産経新聞のソウル特派員(当時)が書いたコラムにしても然りだ。
 いずれも、主張する「内容」はたいしたことではない、と言う人もいる。宗教や国家指導者への侮辱、と取るか否かは、まさに当事者の「主観的判断」だから、第三者は軽々に判断できない。それが「価値観」の相違というものだ。願わくは、宗教者なり国家指導者の側にも、「表現の自由」についての「寛容」と「理解」を求めたいのだが、無理な相談というものだろうか。(15・1・21)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。