第131回 『辞書には載らなかった不採用語辞典』、中学校の同窓美術展、原田百合子さんの陶芸、『書き出し小説』

×月×日 暇なとき『辞書には載らなかった不採用語辞典』(新潮社)を広げる。著者の飯間浩明(いいま ひろあき)さんは、「国語辞典編纂(さん)者」と称する日本語の研究者で、「三省堂国語辞典」の編集に携わっている。
 辞書に載せたい言葉を、日常のあらゆる場面から採集してくる。活字、マンガ、放送、インターネットなどに目を配り、街角の会話にも耳を澄まさなくてはならない。
 新語、俗語、若者言葉、誤用、方言など、多くの言葉が生まれては消えていく。その昔、国語学者の見坊豪紀(けんぼう ひでとし=故人)が雑誌「言語生活」の「ことばのくずかご」という欄で、生の資料を渉猟していた。ケンボー先生も、「三省堂国語辞典」の編纂者だった。しかし当時とは、採集する範囲が、格段に広がっている。また、変化、省長のスピードも速くなっている。
 新しい言葉を、どの段階で辞書に掲載するかが、思案のしどころだ。本書は収集したものの、辞書に掲載されなかった言葉を整理した。一種の現代風俗史でもあり、都市社会学にもなっている。
「アダルティ」(成人向けの、大人っぽい)、「ギロッポン」(六本木の逆さ読み)、「口だけ番長」(大口をたたくが、行動が伴わない人)、「ヤバカワ」(やばいほど、可愛いこと)などなど。
「ヤバカワ」や「エロ可愛い」のように、形容詞を二つ重ねて、外見などを表現する言い方が、近ごろは流行している。「やばい」が、「非常に」の意味で使われるようになったのは、今世紀になってからのこと、だそうだ。
 そんなに重要なことではないが、雑学やトリビアリズムに興味を持つ人には、楽しい本だ。どこからでも、広げられるのがいい。

×月×日 目黒区美術館の区民ホールで開かれている出身中学同窓会の「緑友美術展」。出展している大野雍幸、角町洋、遠山晴彦君たちと久闊を叙す。盛況でなにより。皆さん創作意欲に溢れている。素晴らしい。
 帰途、目黒駅前の居酒屋で痛飲。そば屋の「小菅」で仕上げる。担任だったK先生の米寿の会を検討する。

×月×日 このネッセイのタイトル文字を描いている原田百合子さんが、新宿の伊勢丹デパートの「はる るるる 手仕事」の即売会に自作の陶器を出品している。東急東横線と副都心線の相互乗り入れで、渋谷よりも新宿の方が近くなった。
 売れ行きは、好調とのこと。良かった、良かった。
 これからも、あまり調子に乗らず、作陶に精励してもらいたい。

×月×日 朝日新聞朝刊の連載漫画「ののちゃん」(いしい ひさいち)の4コマ目が、2日連続で「他人(たにん)ごとだ」だった。
 どうせルビを付けるなら、「ひと」と付けてもらいたかった。今までにもたびたび触れているが、「たにんごと」で、辞書に載っている、というかもしれない。しかし誤用から慣用化し、一般的になっただけのことだ。NHKのアナウンサーは、きちんと「ひとごと」と言っているはずで、不愉快な朝が二日続いた。明日もあるかもしれない。

×月×日 小説やエッセイは、冒頭の文章が重要だ。池波正太郎は、どんな長い新聞小説でも、書き出しの10行で、読者の心を捕えなくてはいけない、とよく言っていた。
 夏目漱石の「草枕」や川端康成の「雪国」の冒頭はよく知られている。古くは「平家物語」(作者未詳)、や松尾芭蕉の「おくのほそ道」の冒頭の文章も有名だ。
 天久聖一(あまひさ まさかず)編の『書き出し小説』(新潮社)は、「書き出し」だけで完結する一編の「小説」と考えた。未完成といえば、未完成。続きを、読者のイマジネーションに委ねた、ともいえる。作者は、「冒頭」だけに専念すればよい。
 ネットサイト「デイリーポータルZ」上の「書き出し小説大賞」に応募した3万作以上の中から選んだ。自由部門とお題を決めた規定部門がある。「桜」を主題にした作品を紹介する。紹介と言っても、全文を引用することになるので、著作権法でいう「引用」の概念に当てはまるのかどうかは、定かではない。
<自家用ヘリで現れた新入社員は、すべての桜を散らしてしまった。>(suzukishika)
<あの工場の裏手にあるごみ集積所の桜は、毎年むやみに早く咲く。>(棗丸)
<靴の底から出てきた花びら、頭に巻かれたネクタイ、俺のアリバイは完全に崩れた。>(Yves Saint Lau にゃん)
「桜」の7編の内、この作品だけ、文中に「桜」の文字が無い。ここに、作者が苦労した「仕掛け」が見て取れる。

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。