第132回 『工作舎物語 眠りたくなかった時代』、映画「愛して飲んで歌って」、郵便局の代表電話、落語アルデンテ

×月×日 工作舎という出版社は、出版の他にもさまざまなプロジェクトを手掛けている。PR誌や企業の社史といった編集制作業務だけではなく、CIや新商品の開発など、編集者とデザイナーの集団と言ってもいい。
 1971年に、雑誌「遊」の創刊とともに誕生した工作舎は、松岡正剛氏が率い、杉浦康平氏が全面的に支援した。バブル期経済とともに生まれた、「デザイナーの時代」の牽引車的存在だった。
 臼田捷治氏(デザイン評論家)の『工作舎物語 眠りたくなかった時代』(左右社)は、初期工作舎の実態とポリシーを、実際に携わった人たちのインタビューと証言によって、克明に描き出した。日本のデザイン史に残る貴重な記録となっている。
 当時隆盛を誇った写植(写真植字)も、もはや過去の遺物となった。杉浦康平氏は、7級(Q)の小さな文字を三色掛け合わせで指定する、というような凝った指定を試みた。墨を使わないで、黒色を出すのだ。どこまで、実際の仕事に用いたのかは、知らない。
 杉浦康平氏とは、一緒に仕事をしたこともあるが、このような指定は私の好むところではない。編集者は、デザイナーが企図する効果や美意識とそれに要する経費や労力、時間を天秤に掛けなくてはいけない。デザイナーが考える美的効果と、営業効果は全く別物なのだ。
 とはいえ、杉浦康平氏を語り、日本の近代デザインとは何かを論じる時に、「三色の墨」は、重要なエピソードとなる。

×月×日 神保町の岩波ホールで、映画「愛して飲んで歌って」。代表作「夜と霧」で知られ、2014年3月に91歳で亡くなったフランスの映画監督アラン・レネの遺作。
 舞台は、イギリスのヨーク市。三組の男女が、共通の友人、ジョルジュが余命いくばくもないことを知る。彼を優しく見守ろうとするのだが、結局は彼によって男たちは右往左往する。このジョルジュなる魅力的な男は、一度も画面に顔を出さない。
「劇中劇」というのか「映画中芝居」とでもいうべき舞台の「書き割り」や「大道具」と実写の風景を織り交ぜた演出が、人間模様を単純化しドラマに笑いをもたらしている。人間が、「たった一度の人生を楽しもう」と唱える裏には、常に嫉妬の心が存在する。観客は、監督の「たくらみ」に、まんまと翻弄されるのだ。
 ジョルジュの葬儀のシーンで、幕を下ろすが、まさにレネへの弔鐘(ちょうしょう)が聞こえてくる。

×月×日 郵便物に関して問い合わせるために、目黒郵便局の代表番号へ電話を掛けた。
「ただ今混みあっていますので、しばらくお待ちください」とテープの声が繰り返す。普通は、オルゴールの曲が流れ、「もう少しお待ちください」とか、「お掛け直しください」、あるいは、順番が後になるから、「このまま切らないでお待ちください」などと、声が入る。親切なところは、「もう少しです」と教えてくれるところもある。
 ところが、目黒郵便局の電話では、信じられないことが起こった。「ただいま混みあっております」が続いた後、「お掛け直し下さい」とアナウンスが4,5回続いたと思ったら、一方的に切られてしまった。こんな、人を馬鹿にした話は無い。
 こっちは、混んでいるというから、待っているのだ。それを一方的に切るとは、言語道断、不埒千万(ふらちせんばん)、風下にもおけぬ輩(やから)だ。人の数が少ないのか、電話に出たがらないのか。とにかく「民営化」しても、「サービス」の概念が分かっていない。官僚機構そのままで「意識改革」がなされていない。
 オーストラリアの流通会社を買収するよりも、先に社内の足元を見直してもらいたいものだ。

×月×日 コレド日本橋にある三井ホールで、「我らの時代 落語アルデンテ×『日本橋アルデンテ』」なる落語会。昼夜興行で、昼は「昆布(こんぶ)」、夜は「鰹(かつお)」がキーワードだという。スポンサーの筋は誰にでも読めるだろう。
 桃中庵白酒の「浮世床」、三遊亭兼好の「壺算」、春風亭百栄(ももえ)の「堀越さん」、トリが春風亭一之輔の「子別れ」。
 兼好は、登場人物の性格を顔の表情で巧みに描出している。百栄は、やる気があるのかないのか分からないような顔と口ぶりで、どぎつい話をさりげなく演じる不思議な力を備えている。肩に力が入っていないから、客を引き付けるのだろう。(15・2・25)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。