第133回 川崎中1殺人事件、常盤新平展、柿島屋、「敷居が高い」の誤用、レターパックの不快、錦織圭のランキング

×月×日 川崎市の中学1年生の殺人事件ほど、痛ましい事件は無い。傍観者的な発言は慎みたいが、警察と学校の間で、どの程度連携があったのだろうか。私は、あまり好意的には捉えていないのだが、地域の自治会はどこまで機能していたのだろう。
 警察は、すでに18歳の少年の家に行っているわけだし、逮捕前にメディアも容疑者の父親にインタビューしている。ネット上では、顔写真などが氾濫し、「晒(さら)し」状態になっている。また「週刊新潮」は、顔写真を掲載するだろう。
「劇場犯罪」という言葉があるが、時代は「新ネット型拡散犯罪」が増えるだろう。

×月×日 町田市の「町田市民文学館ことばらんど」で開かれている「常盤新平―遠いアメリカ―展」へ行く。晩年の20年間は、町田市のつきみ野に住んでいた。
 私がホスト役を務めた池波正太郎エッセイ・シリーズ『新年の二つの別れ』(朝日文庫)の巻末対談に登場してもらった。「銀座百点」誌の座談会では、元講談社の大村彦次郎さんと一緒に話がはずんだ。今は無き銀座の文壇バー「コントアール」でも、よく顔を合わせた。
 会場のパネルに、「人から『朴訥(ぼくとつ)で狡猾(こうかつ)』といわれたことがある」とあった。アメリカのミステリーと切っても切れない関係にあるイタリアのマフィアも「朴訥で狡猾」ではないか、という文脈だ。
 会場には、かつて放映されたNHKのテレビ番組「わが心の旅」シリーズで、シチリア島へ行ったドキュメンタリーが流されていた。マフィアの故郷を訪ねる企画で、キーワードは「沈黙の掟」だった。映画「ニューシネマパラダイス」のロケ地となった小さな村バラッツォ・アドリアーノを訪ねるシーンは圧巻だった。
 文章の手本を、山口瞳さんの「男性自身」に戴いた、と述懐している。あの文体で、ミステリーを翻訳してみたい、と思ったそうだ。山口瞳さんに近づきたいがために、国立にある山口さんご贔屓の鮨屋を訪ねるエピソードがある。まさに、「朴訥で狡猾」だ。
 池波正太郎さんの『剣客商売』(新潮文庫)シリーズの文庫解説を全巻執筆した。また、入院している人のお見舞いには、『食卓の情景』(新潮文庫)を持参し、人にも勧めていた。
 山口瞳さんと池波正太郎さんという江戸っ子の二人を師と仰いだ裏には、東北出身というコンプレックスがあったように思われる。
 町田は、何十年ぶりかの再訪だが、その変貌には眼を見張るばかり。町田と言えば、さくら鍋の「柿島屋」だ。確か、この辺りのはず、と探してもなかなか見つからない。徘徊老人と思われるのも業腹なので、駅前の交番に飛び込む。若い巡査に、「さくら鍋の店……」と言うや、即座に「ああ、柿島屋ね」と実にうれしそうな顔をして、親切丁寧に教えてくれた。きっと、彼も非番の時には訪ねているに違いない。
 驚いたことに、「柿島屋」は立派なマンションに生まれ変わっていた。馬肉の刺し身と一人鍋の味は、昔と変わっていない。締めは鍋に蕎麦を入れる。その昔、漫画家の砂川しげひささんと近くの淵野辺に住む秋竜山さんと痛飲したことを思い出した。
 町田は、絹織物の産地、八王子と横浜を結ぶ八王子街道(絹の道)と大山阿夫利(あぶり)神社へ参拝する府中街道(大山みち)が交差する交通の要衝だった。荷物を積んだ馬車が往来したのであろう。そこからさくら鍋の店が残った。

×月×日 最近誤用の目立つ言葉に「敷居が高い」がある。「あの店は入ろうと思っても、敷居が高そうで、入ったことがない」などと使う。もちろん誤用だ。
 ある地域情報誌のコラムで、元新聞記者が「ひもとく」という言葉は、「敷居が高い」と、力説していた。「三ツ星クラス」の言葉なのだという。
<この言葉(ひもとく)は私などにとっては敷居が高く、使うとなると斎戒沐浴をし、衣服を改めるくらいの覚悟がいる。>
「敷居が高い」を辞書で引くと、「不義理、不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくい」とある。「言葉の敷居が高い」なんて用法は、初めてお目に掛かった。このコラムのご仁は、「人間の格は、見た目と、言葉の使い方でも決まる」とのたまうのだから、なにをかいわんや、である。

×月×日 日本郵便に「レターパック」という郵便システムがある。360円のライトと510円のプラスがあり、指定の封筒を買って、ポストに投函できる。ライトは厚さが3センチ以内。重量は両者とも4キログラムまで。プラスは、送り先の受領印を取ってくれる。両者とも配達状況の追跡が可能だ。
 プラスの方は「速達」で、ライトは「普通」だという。
 しかし、ホームページには記されていない。郵便局で求める際も、厚さの違いを説明するだけだ。渋谷郵便局の窓口で、区内のライトを出したら、普通郵便なので午前中に出しても、その日には届けられない、という。まったく不親切極まりない。速達料金を切手で貼付(ちょうふ)はできない、とのこと。プラスに交換すれば、届けられるが、差額と手数料の41円が必要になるという。
 さらに不愉快なことは、レターパックの届け先と差出人を記入する欄には両方に「様」と印刷されていることだ。宛て名の欄に「様」があるのは、許せるが、差出人の欄に「様」は不要だ。「ご依頼主」と有るのも、頂けない。
 日本郵便サイドの目線を優先して、差出人への配慮を考えていない。「サービス」のなんたるかを、勘違いしている。きっと民間の宅配業者の伝票を真似したのだろう。差出人は、いちいち、自分の「様」を消しているのだ。

×月×日 錦織圭の2週連続優勝は成らなかった。テレビの中継を観ていたが、あれほどミスが出たのでは勝てない。
 しかしポイントによるランキングは4位にまで上がった。上には、ジョコビッチとフェデラー、ナダルの3人しかいない。本人は、別にどうということはない、と冷めている。まったくその通りだと思う。
 しかし、上位3人との差は、数字以上に歴然と開いている。さらなる健闘を祈るや切である。(15・3・4)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。