第134回 ネットとグルメ対決の映画、銀座「いまむら」、神田神保町の「揚子江」、「カフェ&キッチン林」、秩父の民宿「さとじ」、野﨑洋光さんの「日本料理は芸事」

×月×日 映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」を観る。
 ロサンゼルスで一、二を争う人気レストランのシェフ、カール・キャスパーは、レストラン批評の人気ブロガーから、古臭いとこてんぱんに叩かれた。しかし保守的なオーナーは、「客から支持されている」といって、そのメニューを変えようとはしない。
 一人息子のパーシーから、ツイッターを教えてもらったキャスパーは、人気ブロガーに、「新しいメニューを出すから、食べにこい」と挑戦状を送る。これが話題となり、店にはお客が殺到する。それでも、頑固なオーナーはメニューの変更を認めず、キャスパーは店を飛び出した。
 心配する別居中の妻イネズは、マイアミの実家に帰るから、パーシーの子守り役として、同行することを持ちかけた。マイアミに実在する名店「ベルサイユ・レストラン」のキューバサンドイッチの美味しさに感激したキャスパーは、トラックの移動販売を思いつく。パーシーが販売する場所をツイッターで、「シェフ・キャスパーが復活」と知らせる。パーシーの夏休みが終わるので、販売車はロサンゼルスへ向かう。
 ニューオリンズでは、フレンチ・クォーターにある老舗「カフェ・デュ・モンド」のベニエ(正方形の揚げドーナッツ)を食べる。料理人の血を引くパーシーは、ディズニー・ワールドよりも、ベニエを選択したのだ。バーベキューの発祥はテキサス地方だが、オースティンでは、24時間かけて焼き上げる牛肩肉のいぶしステーキ「フランクリン・バーベキュー・ブリスケット」に出会い、早速メニューに取り入れた。
 まさにロードムービー。最新のネット事情が現代の時間的リアリティをさりげなく表現している。車はロサンゼルスに戻り、宿敵の人気ブロガーから「レストランをやらないか」と意外な提案を受ける。イネズとの仲も修復し、一家は新しいスタートを切ることになった。このあたりのハッピーエンドは、落語の「子別れ」を彷彿とさせる。
 悪人は、一人も登場しない。それも、おいしい食事は人を幸せにし、おいしく食べる姿を見るのは幸せになるという「美意識」があるからだ。

×月×日 銀座の「いまむら」へ。太刀魚(たちうお)の竜田揚げ、槍烏賊(やりいか)の煮つけ。お椀は、蛤(はまぐり)の真薯。白魚の飯蒸しなど。いつものように、満ち足りて帰還。

×月×日 本所3丁目の有名な甘納豆の店、「H」へ行くも、時間がまずかったのか、シャッターが閉まったまま。神保町に回り、悠久堂で澤野久雄の『卓上流浪』(平凡社)を700円で購入する。
 中国料理の「揚子江」で、夜の食事に餃子を2人前焼いてもらって帰る。焼き立てなので、電車の中で匂いが回らないか気になった。

×月×日 大岡山の「カフェ&キッチン 林」が店を閉じることになった。店主の林愛一郎さんは、銀座の清月堂のコーヒーパーラーに勤めていたころ、池波正太郎の知遇を得る。池波正太郎は、映画の試写会の帰りに、よく立ち寄って、林さんが作るステーキ・サンドイッチやクリームソーダを気に入っていた。
 紙のように薄いサンドイッチを、池波正太郎は嫌った。ステーキサンドも、耳は落とさず、豪快にかぶりついた。林さんは、「池波さんは、耳を落としませんでしたが、どうします?」と聞いてくれる。私は、いつも落としてもらった。
 全国から、池波ファンが訪ねてくることもあった。そんな時は、池波正太郎が静かに隣に座っているように思えてくる店だった。

×月×日 秩父の民宿「さとじ」の山中夫妻から、蕗味噌と蕗の薹(ふきのとう)が届いた。春の香りだ。今年は、例年より早かったが、余寒が厳しくまたしばらくは、お目に掛かれないだろうとのこと。
 文字通りの「走り」だ。細かく刻んで、素揚げにしてパスタにしよう。

×月×日 日本経済新聞の生活欄で、料理店「分とく山」の料理長、野﨑洋光さんのインタビューを5回にわたって掲載した。
<日本料理は、家庭料理と料理屋料理が別のレールで走っている。家元の踊りと盆踊りの違いです。それを、一緒にするからおかしくなる。料理人の料理は、流儀で仕事をしている「芸事」なのです。 日本料理は簡単でやさしくて、健康にいいのにみんなして「芸事」ばかりに走っている。>
 卓説である。現代の「グルメ文化」と「世界遺産ブーム」を痛烈に皮肉っている。何も、京料理だけが日本料理ではない。日本人の家庭料理に見られる、「和魂洋才」の知恵と、食に対する好奇心は、今こそ見直されるべきであろう。(15・3・11)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。