第137回 花見の仇討、映画「ディオールと私」、高田文夫の「笑芸論」

×月×日 有楽町の朝日ホールで「朝日名人会」。三笑亭夢吉の「殿様だんご」、柳家喬太郎の「幇間(たいこ)腹」、柳家小さんの「長者番付」、春風亭一之輔の「花見の仇討(あだうち)」、トリが柳家権太楼の「三枚起請(きしょう)」。夢吉は5月の上席から真打、「夢丸」を襲名する。
 奇しくも、「長者番付」と「花見の仇討」に、「六十六部(六部)」が出てくる。元は法華経66部を写経し、全国66か所の霊場に奉納して回った僧を指す。白衣に手甲(てっこう)脚絆(きゃはん)に草鞋(わらじ)がけ。六部笠をかぶり、背中に阿弥陀像を納めた厨子を背負い、諸国を遊行(ゆぎょう)して回った。後期には、乞喰(こつじき)に転じた者もいた。
 現代ではなかなか理解できない言葉が、落語には登場する。噺家自身も、どこまで理解しているのか疑問に思える。「花見の仇討」には、「六部」がサゲになっている重要な言葉だけに、「まくら」あたりで説明が必要ではないか。 
 仇討で、仇(かたき)と出会う千載一遇の好機を表現する常套句、「盲亀(もうき)の浮木(ふぼく)、優曇華(うどんげ)の花」も、若い人には、分かりにくいだろう。いずれも、なかなか起こりにくい珍しい場面の例えだ。
 権太郎の「三枚起請」は、「起請」の説明をさりげなく、噺の「まくら」で説明していた。

×月×日 10年あまり籍を置いた茨城の私立大学で同僚だった先生方と銀座の「いまむら」で旧交を温める。地方の小さな私立大学は、どこでも経営難だ。
 収入を上げるために学生の数を集めなくてはならない。当然、質は落ちる。支出を減らすため、専任教員のリストラが行われる。多くの難問を抱えているらしい。教員にはほとんどの学生の顔が見え、学生の情報を共有する家族的な雰囲気が持ち味だったのだが。
 それにしても、文科省の「監督権限」が年々強まっていく傾向にあるのは、嘆かわしい限りだ。とはいっても大阪の桐蔭学園のように裏金作りに狂奔する学校経営者もいるから、やむを得ないのかもしれないけれども。 

×月×日 渋谷の「ル・シネマ」でドキュメンタリー映画「ディオールと私」。あまりファッションに興味は無い人でも、クリスチャン・ディオールの名前は知っているだろう。
 1905年フランスのノルマンディに生まれたディオールは、オートクチュールから香水など、世界的な一大ファッションブランドを確立した。創立は1946年だが、当時のテーラード部門の責任者はピエール・カルダンだった。ディオールが1957年に亡くなった後も、イヴ・サン=ローラン、マルク・ボアン、ジョン・ガリアーノなどの手によって継続していく。
 映画は、2012年にベルギー生まれのラフ・シモンズがウイメンズ部門のアーティスチック・ディレクターに就任し、初のコレクションを発表するまでのドキュメンタリーだ。オートクチュールの経験がない彼の起用は意外な人事だった。
 通常は半年の準備期間を要するといわれるコレクションだが、シモンズに与えられた時間はわずか8週間。広報担当から布地の調達係り、経験豊富なお針子さん、モデル、ショーの司会者に至るまでのチームプレーが重層的に映し出される。
 もの作り集団の個人技とチームプレー、スタープレーヤーと組織をまとめるリーダーなど、ファッションに関係ない人にも魅力的な物語を映像化した。それぞれの実在人物が、素晴らしい役者に見えてくる。
 さらに見逃せないのが、複合企業体LVMHの総帥、ベルナール・アルノーの存在だ。不動産業を営んでいたアルノーは、1985年にディオール社のCEOに就任し、87年にはルイ・ヴィトン社とモエ・ヘネシー社の合併によって生まれたLVMH社のトップに立った。ファッションから、酒、香水、ホテル事業まで超一流のトップブランドを支配し、「ブランドの帝王」の異名を持つ。コレクションは、パリ中心部の歴史ある邸宅を借り切って行われた。古い建物の匂いを消すために全ての壁面を花で飾った。莫大な費用はアルノーが認めたこと、いうまでもない。客席で見守るアルノーの思考回路には興味が尽きない。ぜひ映像で、追究、分析してもらいたい人物だ。

×月×日 高田文夫氏の『誰も書けなかった「笑芸論」――森繁久彌からビートたけしまで』(講談社)を読む。
 東京の渋谷に生まれ、世田谷の森繁久弥と清川虹子の家の間で育つ。伝説のラジオの深夜放送「ビートたけしのオールナイトニッポン」生みの親だ。というか、たけしを浅草から発掘したわけで、まさに著者にしか書けない物語だ。
 現代の「お笑い文化」の編集者であり、作家、タレントでもある。

×月×日 『やきとりと日本人』(光文社新書)の著者、土田美登世さん、「ワイン王国」編集部の飯島千代子さんと学芸大学の鮨屋「小倉」。
 土田さんの話しによれば、著作は月刊誌「歴史街道」、「週刊大衆」やラジオなどの各方面で取り上げられた。日経新聞でも、日曜日の読書面と水曜日の夕刊と二度にわたって取り上げられた。何かの手違いだろうが、珍しいケースだ。
 これだけ話題になっても、まだ重版とはならない。あと一歩だとは思うが、月刊雑誌化の傾向にある新書は、重版のタイミングが難しいのだろうか。(15・4・1)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。