第138回 LCC航空、お花見、諷刺漫画と言論の自由、『芸人という生きもの』、築地から豊洲へ

×月×日 ドイツのLCC航空会社の自殺操縦事故は、実に痛ましく戦慄を覚える。飛行機が発明されてから、人類が初めて経験する惨事だ。多くの人を道連れにした副操縦士の「自殺」は、単純な「うつ病」とは思えない。もっと、複雑な理由が絡み合っているような気がする。考えようによっては、飛行機にも限らず、新幹線や高速バスでも起こりうるわけだ。
 それにしても、LCC(Low Cost Carrier)は、普通に訳すと、「低価格航空会社」だが、なぜ「格安航空会社」と言うのだろう。「格安」は特段に安価の意味が含まれる。効率経営と過剰なサービスを廃止することで、一種のカルテルに近かった航空料金を下げることに成功し、全世界に広がった。
 わざわざ「カクヤス、カクヤス」と連呼するので、いかにも「安いから事故に遭った」というニュアンスが生まれている。これでは亡くなった人も、うかばれない。

×月×日 目黒の碑文谷公園で、テニス仲間の「お花見」の宴。鮪の刺し身、焼き鳥、玉子焼き。高齢化で、酒量も酒肴も、昔日の面影はない。達者なのは、「口」だけだ。「年寄りの憎まれ口」が、元気の源泉らしい。

×月×日 鎌倉の地域情報誌「かまくら春秋」4月号で、「かまくら春秋社」代表の伊藤玄二郎氏と鎌倉市在住の漫画家、二階堂正宏氏が「風刺漫画と表現の自由」について対談をしている。嫁と姑の確執を描いた「極楽町一丁目」で知られる二階堂氏は、鎌倉市政を風刺する「今様・鎌倉ポンチ絵」を30年も執筆している。
 フランスの週刊紙「シャルリ・エブド」が襲撃され、編集長や漫画家が殺害された事件について、二階堂氏は「問題の漫画は、ユーモアになっていないし、レベルが低い」と、前置きし、「風刺画を描くときのルールは、相手を尊敬し尊重することと、相手の人格や家族にまで踏み込んで攻撃しないこと」だと説く。
 パリ在住の友人によれば、「フランス社会は、表現された作品の質には関係なく、暴力に訴えるのはノン」なのだという。
 二階堂氏は、「命のように大切な表現の自由を守るためには、表現者も守らなくてはいけない一線がある」と主張する。要するに何が何でも、表現された作品は守られるわけではないというのである。しかし公序良俗、猥褻(わいせつ)といった判断は、人それぞれによって、異なるから難しい。
 民主主義による表現の自由は、少数意見を尊重することが基本だ。日本は西欧の近代主義を規範として学び、発展を遂げた。この規範は、キリスト教的近代主義といってもいい。今や、キリスト教的規範には収まらないイスラムの規範が台頭、浸潤してきたところに問題がある。
 いっときトイレの男女の別を示すピクトグラム(絵文字)で、女性用には、スカートの絵が用いられたことがあった。今はあまり見ない。世界の中には、スカートをはかない女性も存在することに、西欧近代主義はあまり気づかなかった、とも言えるだろう。或いは、気づかないフリをしてきたのか。はたまた、「野蛮」と蔑んできたのかもしれない。

×月×日 吉川潮(よしかわ・うしお)さんの新刊『芸人という生きもの』(新潮選書)を読む。帯に、「洒落。江戸前。狂気。」とあり、30人の名人、奇人を描き尽くす「演芸人類学」と説明されている。
 確かに、芸人と言うと「奇人伝」になりがちだ。そこに「芸人への愛情」がないと、軽薄な読み物に堕ちてしまう。著者の父親は、長唄の三味線を演奏していたというから、芸人の世界に愛着があるのはいうまでもない。また、放送作家として多くの芸人と交流が生まれた。落語、立川流の顧問だったのは、良く知られている。
 前書きに、「芸人たちとの親密な交遊を自慢話と受け取らないでほしい」と断りを入れている。芸人たちとの長い付き合いは、愉快で楽しいことばかりではなく、嫌な思いをしたことが山ほどあったそうだ。良い話を選んで書いているだけ、という。
 それはそうだろう。編集者と作家の関係だって、まったく同じことだ。

×月×日 築地市場の豊洲への移転は、2016年の11月に決まったが、「場外市場」の機能と雰囲気を目論んだ商業・観光施設「千客万来(せんきゃくばんらい)」が混迷している。住宅建築の大手、大和ハウス工業と「すしざんまい」チェーンを展開する喜代村が運営する予定だったが、大和ハウス工業が撤退、喜代村の木村清社長も嫌気がさしてきたようだ。
 近くにある温浴施設「大江戸温泉」の営業継承や、新設される周辺道路の使用問題(結局は縄張り争いだろう)も絡んでいるらしい。まったく「無」の場所に伝統のある施設を移設するのだから、さまざまな問題が生じるのは分かりきっていたはずだ。
 現在の築地市場は、鉄道による物流をもっとも優先して設計された。畏友、福地享子さん(NPO法人築地魚市場銀鱗会事務局長)から、築地市場開場に関する歴史をまとめた文章が掲載されている「水産振興567号」(東京水産振興会)が送られてきた。資料を薄捜し、読み応えのある「築地物語」だ。京橋から築地へ移転した当時の顛末は、日本の流通経済史であり、今回の移転にも大いに参考となるはずなのだが。(15・4・8)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。