第139回 五街道雲助、映画「鳥の道を越えて」、一枚マンガの「クールジャパン展」、柳家小三治

×月×日 なぜか最近はあまり元気がない「銀座百点」だが、4月号の「百点対談」で、落語家の五街道雲助(ごかいどう・くもすけ)と中尾彬(あきら)が顔を合わせている。雲助の師匠は、10代目金原亭馬生(古今亭志ん生の長男、女優池波志乃の父)だから、雲助にとって、中尾彬は「若旦那」ということになる。そんな二人の関係にとらわれず、ひさびさに楽しい対談を読んだ。
 対談の組み合わせは、旧知の仲だから面白い場合もある。かといって、初対面ではつまらないかというと、そうでもない。もちろん、それぞれ逆のケースもある。対談の難しいところだ。
 雲助という珍しい亭号は、師匠の馬生が、「おれは引退したら、五開堂雲輔(ごかいどう・くもすけ)を名乗る」と口にしていたのを思い出して、二ツ目になるとき譲ってもらった。過去に実在した名跡で、年寄りくさいから、と字面を変えたのだという。
 評判は予想通り、散々で、褒めてくれたのは師匠の他には立川談志くらいしかいなかった。談志は、ことのほか気に入って、自身の番組「やじうま寄席」に出演させてくれたそうだ。
 そんな自伝めいた話をまとめたのが、『雲助、悪名一代記 ― 芸人流、成り下がりの粋』(落語ファンクラブ新書・白夜書房)だ。最近は東京出身の噺家も少なくなったが、雲助はれっきとした本所生まれで、正調の東京弁を話す。落語界の内情をクールに観察しているところが、いかにも東京生まれだ。落語に関心がない人でも、一読を勧めたい。
 雲助の弟子は、いずれも真打になったが、桃月庵白酒(とうげつあん・はくしゅ)、隅田川馬石(すみだがわ・ばせき)、蜃気楼龍玉(しんきろう・りゅうぎょく)と一風変わった名前で、それぞれ、ひと癖もふた癖もある個性的な噺家だ。

×月×日 急に冬へ逆戻りしたような天候で、氷雨が降っている。4月の雪は、無いわけではないが珍しい。科学技術映像祭の最優秀賞に輝いたドキュメンタリー映画「鳥の道を越えて」を、横浜伊勢佐木町近くの「横浜シネマリン」で観る。
 福井、石川、岐阜で昭和20年代まで盛んだった「カスミ網猟」の詳細を丹念に追っている。今井友樹(ゆうき)監督は、岐阜県東白川村出身で、祖父の照夫さんから、「むかし、あの山の向こうに『鳥の道』があった」と教えられた。しかしまだ若かった監督に、その「道」はどうしても見えなかった。「カスミ網は、やってはいけない」という祖父の口調に、何かしら「秘密」があることが気になっていた。
 岐阜県恵那市の山村では、男衆は秋になると遠く越前にまでカスミ網猟の出稼ぎに行った。水田が少なく、野鳥は貴重な蛋白源として高価で取引された。狙うのは主にツグミで、麹漬けにして保存した。
 カスミ網は意外に低地に張られていた。囮(おとり)を使って呼び寄せるのだ。早朝に飛来するので、寝起きして待機する小屋を鳥屋(とや)という。今でも、鳥屋の跡は僅かながら見ることが出来る。
 戦後、GHQの命令(環境保護)で禁止になったものの、密猟者は後を絶たなかった。江戸時代から、綿々と継承されてきた狩猟文化が、一片の通達によって、簡単に消滅するわけがない。暴力団が絡んだこともあった。
 環境保護運動の高まりもあって、最近ようやくカスミ猟は「絶滅」した。それでも山階鳥類研究所が鳥類保護と渡り鳥の調査研究のため、福井県越前町の織田村などで、現在でもわずかに行っている。捕獲した野鳥は、足環をはめて放鳥する。自然界の鳥と人間はどう付き合っていくのか、多くのことを考えされられる映画だった。

×月×日 映画館を出て、日本大通りの日本新聞博物館へ。「一枚マンガのクールジャパン展―日本の良さ再発見」を観る。最長老の久里洋二氏から、古川タク、ヒサ クニヒコ、森田拳次、秋竜山、山田紳、下谷二助、多田ヒロシさんなど、日本の「ヒトコマ漫画」を代表する30人が勢ぞろいした。
 ほとんどの名前を知っている、ということは、「新鮮味に欠ける」ことになる。「クールジャパン」というお題から、「すし」、和食」、「洗浄機付きトイレ」、「富士山」というテーマが複数浮かび上がってくるところをみると、「アイディア不足」と言われても、やむを得ないだろう。漫画でも文章でも、他人とは違うアイディアを考え付くのが基本であり、最も難しいところなのだ。

×月×日 横浜にぎわい座で「柳家小三治独演会」。開口一番は、柳家喜多八の弟子、柳家ろべいの「たらちね」。喜多八は小三治の二番弟子。 
 小三治は、最近「鯛焼き」に凝っているそうだ。山形へ行ったとき、タクシーの運転手に、「おいしい鯛焼きはありますか」と聞いたら、「わかば」という店がありますという答え。新宿四谷の「わかば」で修業した人がやっているそうだ。
 小三治の一席目は「百川(ももかわ)」。料亭「百川」の二階に集まった日本橋の魚河岸の連中が、質屋へ入れた祭りの「四神剣(しじんけん)」の相談をしている。そこへ、今日から奉公に来たばっかりの百兵衛が、「わしゃ、このシジンケ(主人家)のカケエニン(抱え人)でござえます」と上がって来たので、大騒動となる。「四神剣の掛け合い人」と早飲み込みしたのだ。
 「百川」は明治の初めまで、日本橋に実在した江戸の大料亭で、自分の店の広告として、こしらえた噺という説もある。
 例によってまくらが長い。東京タワーから築地と日本橋を見れば、日本橋は江戸城のすぐそばで、江戸の三大祭のうち、赤坂の日枝神社と神田明神はテリトリーが重なっているとか、昨日は歯医者で手術を受けたというので、「百川」と察しがついた。
 伏線を張り巡らしながら、なんとか「エッセイ」にまとめようと苦労しているのが、小三治ファンにはたまらないのだろう。二席目は、時間が無くなり、「小言念仏」を軽くまとめた。(15・4・15)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。