第141回 映画「和食ドリーム」、柳家小三治の「猫の災難」、『ああ、ウイグルの大地』、谷崎潤一郎展、錦織圭の優勝

×月×日 テアトル新宿で、ドキュメンタリー映画「和食ドリーム」。主人公は、アメリカで和食の食材を輸入し、配送している共同貿易会長の金井紀年さん、91歳。アメリカの「和食ブーム」の仕掛け人、といわれる。すしバーをはじめとして、ラーメンから懐石料理まで、多くの和食店が紹介されていく。
 噂には聞いていたが、凄まじい数に圧倒される。もちろん、本格的な和食ばかりではなく、その裏には、「なんちゃって和食」の店も多いはずだ。一口に「和食」といっても、その定義は難しい。金井さんたちは、「真っ当な和食」の普及に努めてきた。
 多くの出演者の中から印象に残った言葉を挙げる。
 フランス料理のジョエル・ロビュション氏。
「野菜は、ワインに合わないが、日本酒となら合う。日本の炊きたてのご飯は、実に美味しい」
 レストラン「ノブ」を展開する松浦信幸氏。
「ペルーで、生魚が食べられない、というお客さんが来たので、白身の薄造りに熱くしたオリーブオイルをジュッと掛けて出したら、美味しいと言いながら喜んで食べてくれた。私の料理の原点です」
 京都大学大学院の伏木亨教授。
「調理をしている時に素材から出るアクを丁寧に取った皿と、同じ調理法でアクを取らない皿を食べ比べてみたら、アクを取らない方が断然美味しかった。だけど料理人は、雑味が入っているから、といって、そんな料理は出さない。素材のピュアーな味を追求するからですね」
 なるほど、アクひとつ取っても、考え方は幾通りもあるものだ。アメリカ産の米を使って日本酒を造っているアメリカ人やヨーロッパに日本酒を売り込む蔵元など、さまざまな分野で「和食」の美に魅かれた人たちが登場する。
 スクリーンを観ていると、最近は西欧の人でも箸を使うのが教養であり、ステータスとなっているようだ。

×月×日 有楽町「朝日ホール」の朝日名人会。柳家ろべいの「鈴ヶ森」、蜃気楼龍玉(しんきろう・りゅうぎょく)の「一眼国(いちがんこく)」、金原亭馬生の「井戸の茶碗」、立川生志「お菊の皿」、柳家小三治の「猫の災難」。
 お目当ては、小三治の「猫の災難」。隣の家から貰った猫の「お余り」の鯛が頭と尻尾だけで、身が無いのを酒を買ってきた兄貴分に悟られてはまずい、と猫の仕業にする。兄貴分は、なんとしても鯛が食べたいと言って、今度は鯛を買いに行く。
 どうしたわけか、この部分をすっぽり抜かしてしまった。先週の柳亭市馬といい、落語協会の会長職を務めると、ポカが多くなるらしい。

×月×日
テスト
(左右社・A5版ハードカバー、216ページ、1500円=税別)
 中国のシルクロードや、ウズベキスタンを一緒に旅した友人の河合眞さんが、ウイグルの詩人、アフメットジャン・オスマンさんの詩集『ああ、ウイグルの大地』を訳して出版した。河合さんは神経科の医師で、ウイグル人のムカイダイスさん(放送大学講師)と共同で翻訳した。
 少しばかり編集をお手伝いしたのだが、実に美しい本に仕上がった。ウイグル民族が編み出した民族模様表紙が良い。原作者のオスマンさんは、もしウイグルが独立国だったらノーベル文学賞の候補に挙げられたはず、といわれる才人で、現在はカナダに住んでいる。
 彼に言わせると、ウイグルは「最果てのエグザイル(流刑地)」だそうだ。日本人には、あまり馴染みのない民族だが、興味と関心が有る方には、ぜひ一読をお勧めしたい。

×月×日 今年は竹の子が裏作に当たり、品薄だ。天候が不順で、低温の日が続いた影響もあるようだ。竹の子を茹でるのは、糠(ぬか)を入れるのが、常道だ。しかし面倒だ。日本料理「分とく山」の野﨑洋光さんは、大根おろしを入れて茹でた方が手軽だという。
 普通の店で竹の子を買うと、糠がサービスで少量付いている。一部のスーパーマーケットでは、袋に入れた糠を50円で売っているところがある。みみっちい時代になったものだ。消費税もきちんと計算しているのだろうか。 

×月×日 横浜の神奈川近代文学館で、「谷崎潤一郎展―絢爛たる物語世界―」を観る。今年は、没後50年になる。
 1960年代、谷崎は熱海に住んでいたが、そのころのお手伝いさんが、谷崎と一緒に撮った写真を提供している。63年とのことで、スナップ写真は珍しい。谷崎とお手伝いさん、といえば、『台所太平記』が有名で、「サンデー毎日」に連載されたのは、1962年だから、その直後になる。『台所太平記』のモデルとは違い、若々しい10代の娘さんだ。

×月×日 テニスの錦織圭選手が、バルセロナの大会で二連覇を果たした。決勝戦は、どうも動きに精彩がなかった。股関節に故障が生じたようだ。マドリッド、ローマから全仏、全英と続くので、体調が心配だ。
 いつもはCSスポーツ専門チャンネル「ガオラ」を観るのだが、今回はBS朝日も中継権を得た。しかし3回戦は試合が終ってからの放映になった。結果を知って、観るのでは価値が半減する。錦織選手の勝敗が明確でない段階で、錦織選手だけを放映しようというのだから、「虫のいい話」といわれてもいたし方ない。
 スポーツの「キラーコンテンツ(間違いなく視聴率を稼げる番組)」を巡る放映権の獲得競争は、ますます激しくなるだろう。

×月×日 統一地方選挙の東京都中央区長選で、矢田美英さんが当選した。8期目で、次期は後進に譲ると公言した。矢田さんは大学の後輩で、もう50年を超す付き合いとなる。
 今までは、ほとんど対抗馬がいない状態だったが、今回は自民党公認の区議が出馬したので、苦戦が予想された。結果は圧勝だった。対抗馬の主張が、「多選反対」だけでは、いかにも弱すぎた。いずれにしても、矢田さんには「有終の美」を飾ってもらいたい。(15・4・28)
次回更新は5月13日を予定しております

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。