第142回 中国料理と日本酒、古今亭菊乃丞、明治初期の寄席、冷やしイタリアン、錦織圭選手のクセ、『ああ、ウイグルの大地』

×月×日 横浜君嶋屋主催の「料理と酒を楽しむ君嶋会」が、横浜のトゥーランドット游仙境(横浜ベイホテル東急)で行われた。料理は脇屋友詞さんの中国料理。酒は君嶋哲至社長が選んだ全国から100種を超える日本酒を試飲の後、60ほどの蔵元も参加して、各テーブルに着席した。
 君嶋哲至さんは、明治25年創業の酒屋さんの4代目。店を引き継いだ時は、立ち飲みの店だった。全国に900ほどある蔵元の300か所は訪ねている。日本酒に限らず、焼酎、ワインにも精通しており、ワインも直輸入を始めた。
 ソムリエたちに日本酒と焼酎を解説する指南役でもある。横浜市南区の本店のほかに、東京の銀座に立ち飲みも出来る店がある。
 宴は神奈川県海老名市の「いづみ橋」(泉橋酒蔵)のスパークリング「とんぼラベル」から始まった。同じテーブルに着いたのは、新潟県長岡市の「久保田」(朝日酒造)、宮城県加美町の「山和」(山和酒蔵)、奈良県葛城市の「梅乃宿」(梅乃宿酒蔵)。それぞれ、蔵元によって味わいが異なり、日本酒の奥深さを感じ取れた。
 古酒で有名な岐阜市の「達磨正宗」(白木恒助商店)の当主、白木滋里(しげり)さんにも、久しぶりにお目に掛かった。

×月×日 横浜「関内ホール」で、古今亭菊乃丞の独演会。8割程度の入り。「らくだ」と「愛宕山」を堪能した。「らくだ」は無理矢理に酒を飲まされ、酔っ払って主客逆転するところが見どころ。熱演だったが、「愛宕山」も良かった。幇間(たいこ)は、菊乃丞のように小柄で、少しなよなよっとしている噺家の方が、しっくりする。
 NHKの土曜ドラマ、「64(ロクヨン)」は、横山秀夫氏の警察ミステリーをドラマにしたものだが、菊乃丞がD県の警察本部長役で出演している。「間の取り方」が難しかったと述懐していたが、落語は一人で何人もの役を演じ分けなければならないから当然といえば当然。しかし、ドラマに起用してみたい落語家は結構いるものだ。

×月×日 『半七捕物帳』で知られる岡本綺堂の『風俗 江戸東京物語』(河出文庫)を読み直していたら、寄席についてこんな記述があった。
<その頃の寄席の出物(だしもの)といえば、落語と人情噺(ばなし)に極(き)まったもので、一枚看板の真打(しんうち)は、必ず人情噺の続き物を述べるに極まっていたのです。
 今日のように立派な真打がつまらぬ落語でお茶を濁すというようなことは決してなかったのです。
 従って客の方でも続き物の後はどうなるかと引かされて、毎晩詰めかけていたので、客の方の気乗りも違えば、落語家の方でもこの話で客を繋ごうというのですから、一所懸命に車輪で弁じたものです。>
 大正の末期に書かれた本だから、事情は異なるが、お客は続きを聞くために通ったという。いかに、当時の娯楽が少なかったかが分かる。現在の寄席の落語は、だいたい15分だから、どうしても小話に毛の生えた程度になってしまう。ホール落語の人気が上がる道理だ。「立派な真打がつまらぬ落語でお茶を濁す」という指摘は現代でも通じる「頂門の一針」で、耳の痛い真打は多いだろう。

×月×日 歯医者の予約まで時間が有ったので、JR恵比寿駅付近を散策していたら、とある居酒屋に次のような張り紙があった。
<冷やし中華はじめません
 冷やしイタリアンはじめました>
 うーん。想像はつくけれども。夏の「季語」にはなりそうにない。

×月×日 テニスのマドリード・オープンは、準決勝戦で錦織圭選手を下したアンディ・マレー(英)がラファエル・ナダル(西)に快勝してチャンピオンになった。残念ながら、ベスト4止まりだった錦織圭選手は、どうも身体が本調子ではないように見受けられる。これからローマ、パリ、ロンドンと続くだけに心配だ。
 準決勝戦まで進んだのは健闘には間違いなく、大きな拍手を送るが、注文が一つある。サービスやレシーブの直前に、自分のシャツの前をたくし上げて顔の汗をぬぐう行為はいただけない。一度タオルで拭いているのだから、癖になっているのだ。ラファエル・ナダルが神経質そうに鼻や耳に手を動かすのと同じで、一連の仕草で集中力を高めているのだろうが、あまり見た目は良くない。
 同じようなことをする選手は、ほかに見当たらないし、なにもへそまで見せることはない。

×月×日 前回に紹介した詩集『ああ、ウイグルの大地』(アフメットジャン・オスマン著 ムカイダイス+河合眞訳・左右社)が、朝日新聞の読書欄に紹介された。
 文化部の大上朝美記者が、出版に合わせて来日した著者にインタビューした。簡にして要を得た文章の切れ味に脱帽。有難いことだ。(15・5・13)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。