第144回 「イタリアは呼んでいる」、原田百合子の陶芸、「東京穆斯林(ムスリム)飯店」、武田百合子の『犬が星見た』、照ノ富士の優勝と大関昇進

×月×日 渋谷Bunkamuraの「ル・シネマ」で映画「イタリアは呼んでいる」。ほぼ満席のにぎわい。イギリスの中年男優二人が、新聞社からイタリア西海岸のグルメ紀行を頼まれる。ジェノバからナポリまでの絶景に加え、名門ホテルとイタリア料理の美食を満喫するバディ・ムービー。いってみれば弥次さん喜多さんのイタリア道中記みたいなもの。
 イギリスの詩人バイロンとシェリーの足跡を訪ね、有名映画の登場人物の物まねに興じながらドライブする。当然、イタリアの美女も登場する。もちろん単純なグルメと観光案内ではない。相当なシネマディクト(映画狂)でないと、物語の面白さを理解できないだろう。

×月×日 この「ネッセイ」の題字を描いている原田百合子さんは、出版社に勤務しながら、陶芸の腕を磨いている。新宿の伊勢丹本店の食器売り場で行われている「森のクラフト展」に出品しているから、セミプロと言ってもいい。
 団栗(どんぐり)の形をした蓋(ふた)つきの小物入れと、鳥をイメージした水差しを追い求めている。一つの造形作業を長いあいだ続けていると、次第に手の内に入ってくるものだ。
 それに、何といっても売り場が伊勢丹の食器売り場だから、展示方法も手慣れたもので、器の魅力を上手に引き出している。企業などでは、役職(ポスト)が人間を作る、といわれるが、まさに「売り場」が作品を造りだしている。
 BS11(イレブン)で毎週火曜日の7時から放送されている「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」に、今春真打に昇進した三笑亭小夢が出演し、「かつぎや」を演じていた。小夢は原田百合子さんと同じ出版社に8年勤めていた。小柄で蒲柳(ほりゅう)の質らしく、女形が似合う。芸者や幇間(たいこ)が登場する噺に向くはずだ。
 分野は違うが、共通項がある二人の前途にエールを贈りたい。

×月×日 日本で初めてウイグルの詩『ああ、ウイグルの大地』(左右社)を翻訳した河合眞さんを囲んで、ワイン仲間6人と錦糸町の「東京穆斯林飯店」へ。
 「穆斯林」は「ムスリム」と読む。日本で初めての中国回民族料理店。「清真料理」とあるのは、すべての食材がイスラム教による「ハラール」の認証を得ていることを意味する。経営者は中国の瀋陽出身で、豚肉は用いず羊と牛が主流だ。
 前菜は押し豆腐、ピータン、パクチーのサラダに、ゆでラム肉のニンニクソース(手撕羊肉)。
 主菜は、羊肉串焼き、羊の舌の醤油炒め、薄切りラム肉の炒め煮、羊スペアリブのスペイン焼き(直火烤羊排)。
 羊モツのスープ(清湯)に羊の水餃子、羊の釜飯と、まさに羊肉づくし。
 有難いことに酒類が置いてあり、ワイン(スペイン、チリ)を4本、ビール、ハイボール(これが羊に合うのですね)などを飲んで一人当たり5,000円見当。羊と聞くと、特有の臭みを気にする人も多いが、まったく気にならない。香辛料のクミンが利いているからか。
 スペイン風の羊のスペアリブは、マドリードのレストラン、「ボティン」の仔豚の丸焼きを思い出した。例のヘミングウェイが足繁く通った店だ。
 客席には、ムスリムの人たちが半分くらいを占めていた。

×月×日 武田百合子さんの『犬が星見た ― ロシア旅行』(中公文庫)を読み直す。夫の武田泰淳と中国文学者の竹内好と一緒に横浜からナホトカ航路で、ロシアに入る。1969年のことだ。私が昨年の9月に訪ねた現在のウズベキスタンにまで足を踏み入れている。もちろん状況は異なるが、彼の地の情景が浮かんできた。
 それにしても、著者の天衣無縫(てんいむほう)にして天真爛漫、磊落(らいらく)な行動力は天賦のもので、日本女性の代表ともいうべき才人だ。
 色川武大が、「限りなく明晰で、限りなく情感的な名文がここにある」と解説に記している。

×月×日 大相撲夏場所は、照ノ富士が優勝して、大関昇進を決めた。NHKの解説者、元横綱の北の富士勝昭さんが、「白鵬を脅かす若手がこれほど早く台頭してくるとは意外だった。それにしても、日本人の大関陣が不甲斐ない」と言っていた。毎場所、言われ続けているが、まさに同感。
 照ノ富士の大関昇進は早すぎるという声もあるようだが、現大関陣が頼りないから、といわれれば、納得せざるをえない。(15・5・27)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。