第146回 「乗り降り」と「降り乗り」、錦織圭の健闘、田中マークンの復活、「小さなトマト大福」、柳家三三の独演会、植草甚一スクラップ・ブック

×月×日 新聞の投書欄でも、話題になったが、電車の乗り降りの際、車内から降りてくる人を待たずに乗り込む光景をよく見かける。だから「乗り降り」ではなく、「降り乗り」というべきだと主張する人もいる。
 われ先に乗りこんで、空席に座りたいから急ぐのだろうが、降りる人がモタモタしている場合もある。昔は、電車が駅に近づくと、早めに席を立って、ドアの近くまで移動したものだ。最近は、電車が停まるまで座って、スマホをいじっていたのか、発車ベルが鳴っているのに、それから降りようとする人がいる。もちろん混んでいて、なかなか車内を動けない場合もあるが。
 バスだと、運転手が「停まるまで席を立たないでください」とアナウンスする。その影響ではないか、という意見もある。なるほど。考えられることだ。
 今から40年以上も前、北京の地下鉄に乗った時、満員の車内から溢れるように降り続けてくる大勢の人に独り抗(あらが)い、敢然と立ち向かって、乗り込もうとしていた若い人の姿を覚えている。
 まさにサンチョ・パンサを彷彿とさせる奇怪な行動だった。電車の乗り降りも、ひとつの「文化」だ。近頃の車内を見ていると、「セッカチ派」と「ユッタリ派」の二極に分かれているように思えてくる。

×月×日 テニスの全仏オープンで、錦織圭選手は準々決勝で敗退し、ベスト8止まりだった。優勝したのは、スイスのバブリンカ(ワウリンカ)で、昨年の全豪オープンに次いで、4大大会は2度目の栄冠となった。
 話題は、バブリンカが着用しているヨネックス(日本)のパンツだ。5月のマドリード・オープンから、気になっていたが、「パジャマ」、「壁紙」と揶揄され、ビーチサンダルが似合いそうな柄だった。全仏では、ファッションも注目される。かつてアンドレ・アガシ(米)がジーンズの短パンをはいて、物議をかもしたことがあった。真の勝利者はヨネックスだったのかもしれない。ちなみに、5800円で手にはいる。買う気はさらさらないけれども。
 ところで錦織スタイルは世界のテニスを変えたようだ。赤土のクレーコートでも、ラリーが少なくなり、勝負が早くなった。ということは、サービスが重要視される。錦織選手はサーブの精度をさらに高める必要があるということだ。捲土重来を期待するほかない。
 錦織選手がサーブを失敗するのは、ネットに引っかけるケースが多い。これは、身長差の問題でやむを得ないのか、とも思う。サーブの打点の高さが、20センチ違えば、ネットの高さはそれだけ実質的に低くなる。セカンドサービスでも、上からたたき込む分、それだけ角度が急になりボールが高く弾む道理だ。
 錦織選手のテニスは観ていても、実に面白い。つい深夜まで起きていることになり、寝不足が続いた。6月29日から始まる全英選手権(ウインブルドン)までは、しばらく小休止だ。ウインブルドンのウエアは、白に執着するので、バブリンカの「柄パン」を見ることはできない。

×月×日 これで夜はぐっすり眠れる、と思ったのも束の間、ニューヨークヤンキースの田中将大投手が、41日ぶりに登板するというではありませんか。
 4時に起きて、テレビ。錦織クンと同じで、マークンのピッチングも観ていて面白い。メジャーリーグの打者は、ストライクが来れば、どんどん打っていく。投手も次々にストライクを狙って、投げる。田中マー君のように精妙なコントロールで、コーナーを狙って変化球を投げない。これは、野球文化の違いだ。だけど、3勝目をあげて良かった。

×月×日 福岡に住む友人から、「筑紫菓匠 如水庵」の季節限定の菓子「小さなトマト大福」を頂戴した。「いちご大福」の趣向だが、八女市産のフルティカというミニトマトを北海道産大手某の白餡と餅で包んである。
 冷たくして食べろ、とある。爽やかなトマトの酸味と白餡のミスマッチは、確かに初夏を感じさせる。これからは、葡萄、栗、柿と続くらしい。1個120円。1年に1回、食べればいい。

×月×日 「横浜にぎわい座」で、柳家三三の独演会。隔月に開かれ、毎回前座なしで3席を演じる。「五目講釈」、「藁人形」と、あまりなじみのない2席で、中入り。後半は小田原の宿を舞台にした「宿屋の仇討」だった。
 小田原生まれの三三は、「にぎわい座」へ出ると必ず、「横浜県民」をおちょくる。「お約束」のように、お客も笑う。一見、神経質そうに見える性格と若さが生み出すリズム感との調和が、人気の秘密なのだろう。
 30代初めに真打に昇進する前から聞いているが、いつのまにか40代に突入し、今や大家(たいか)の一歩手前まで来ている。「大家心得」といったところか。

×月×日 世田谷文学館で開かれている「植草甚一スクラップ・ブック」展を観る。ミステリーから映画、ジャズと守備範囲が広く、戦前のモダニズムの「権化」といってもいい過ぎではなかろう。
 植草さんの仕事で、印象に残っているのは、1971年から3年ほど「東京新聞」の夕刊に連載した「中間小説評」だ。「小説新潮」、「オール讀物」、「小説現代」をご三家とする月刊の「中間小説誌」の全盛期だった。
 植草さんは「文芸時評」という堅苦しいものではなく、小説誌をネタにして自分のことをエッセイ風に書いていた。植草さんを起用した東京新聞文化部の編集センスは秀逸だった。
 映画の試写室で知り合ったのだろうか、池波正太郎さんと親しくなった。お二人とも東京の下町生まれという縁があった。朝日新聞から1976年に出版された『池波正太郎作品集(全10巻)』の解説をすべて執筆している。
 この前後だったと思うのだが、私は植草さんに「週刊朝日」で、「歩く商品学」という連載の企画をお願いした。最も多忙な時期だったはずだが、このタイトルをいたく気に入っていただいた。ぜひとも執筆したいと、大変な乗り気で資料を集めたりもしたのだが、健康の問題とニューヨークへしばしば出かけるようになり、残念ながら陽の目を見ることはなかった。(15・6・10)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。