第147回 「古本は出汁がら」と思え、魚に「熟成」は必要か、「茲許(ここもと)」なる言葉

×月×日 日本文藝家協会の「文藝家協会ニュース」の5月号から、出久根達郎さんが、「作家の終活」というエッセイを連載し始めた。1回目は、「蔵書のあと始末」で、「古本の値段は時代に翻弄されて変わります」と「古本事情」について触れている。
 古本の価格はどん底といってもいいが、最も下がった本は、「個人全集が最たるもので、古書店もまず引き取らないだろう」と、実に悲観的な品定めをしている。図書館でさえ、嫌がるところが多いそうだ。
 愛着のある本を思い切るにはどうしたらよいのか。
「本は、使い終わったら出汁(だし)がら、と思うこと」だという。また、「買った値段は忘れること」と付け加える。なるほど。
 私も蔵書の処分を考えると、頭が痛い。近くのなじみの古書店へときどき運び込むが、値段は考えない。「燃えるゴミ」にはしたくない、という一念だけだ。出久根さんは、次のように書く。
<本は必ず古書店へ売ってください。そうすれば必要な人が必ず買って、本が幸せになります。いいえ、「売って」というより、本を必要な人へ「戻して」ほしい。それが私の願いです。>
 まったく同感だ。今や、切手もテレホンカードも、「出汁がら」と思わざるを得ない時代になったようだ。現実は、まさに悲劇だ。

×月×日 最近は肉に限らず、魚も、「熟成、熟成」と大騒ぎだ。すし屋でも、このマグロは1週間、熟成させたものです」などと、偉そうに口上を述べる。
 魚を生で食べる場合、歯ごたえ(プリプリ感)と旨味が美味しさを決める。締めてからあまり時間を置かない方が歯ごたえは、有る。しかし、河豚(フグ)は、硬くてかみ切れないから、一日か二日寝かせてから料理するのが普通だ。その間に旨味も増す。
 鯛(タイ)や平目(ヒラメ)、鰈(カレイ)などの白身の魚は、締めてから7、8時間経過したほうが旨味を増すことは、化学的にも証明されている。蛋白質が分解して、旨味成分のアミノ酸が増すのだ。
 鮪(マグロ)や鰹(カツオ)は、ある程度、時間を掛けた方が旨味を増す。組成が、肉類に近いのだろう。一度さるすし屋で、2週間熟成したという鮪のブロックを冷蔵庫から出してきた。熟した桑の実のようなどどめ色で、その表面をぶ厚くそぎ落としていく。中の方は濃厚な赤紫で、味は確かにコクがあり、濃醇な旨味があった。しかし、見た目も味の内で、腐敗直前を思わせる表面の印象は、なかなか抜けなかった。
 いずれにしても、刺身で食べる時にあまり時間を掛けて熟成させるのは、私の趣味ではない。あくまでもほどほどの段階で、留めておくべきだろう。飲食店側が仕入れの都合だけを考えた、勝手な言い分かもしれない。
 特殊な例だが、「鯖(サバ)の生き腐れ」という言葉もある。食べ物はファッションではないのだから、あまり流行に捕らわれたくはない。

×月×日 さるお祝いのパーティーの案内状の文面に、「皆さま方に感謝の意を表しますとともに 一層の交流を深めていただきたく 茲許ご案内申しあげます」とあった。
「茲許」は「ここもと」と読む。平たく言えば、「ここに」の意味で、別に無くても差支えない。
 会社間のメールなどでも、「茲許書類を添付申し上げます」などと使うらしい。まあ、友人同士の会話と違い、取引先や目上の人に対する場合だと、多少は四角四面に他所(よそ)向きの「言葉使い」が求められる。それにしても、「茲許」までは不要だろう。せめて、上司や顧客には、「了解しました」ではなく、「承りました」を用いる程度の気配りがあれば充分ではないか。
 日本語の敬語、丁寧語、謙譲語の用い方は難しいから、なんでも「させていただく」のオンパレードになってしまうのだ。(15・6・17)

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。