第149回 酒井順子さんの「中年だって生きている」、矢田中央区長の8選、神尾米選手の「現代テニス」、「歩きスマホの噂」、なでしこジャパン、ウインブルドンの錦織圭

×月×日 酒井順子さんの新刊『中年だって生きている』(集英社)を読む。『負け犬の遠吠え』で一躍名を知られてから10年が経った。1966年生まれだから、堂々たる中年だ。
「負け犬」以前から注目してきたが、同年代の女性を書き続けて32年になるそうだ。鋭い観察力と洞察力に加え、独特の批評眼を備え、論理に説得力がある。だから、「負け犬」という一部に反発をかうであろう挑発的な言葉を使っても、決してやり込められることはない。あらかじめ、防御する鋼鉄製の鎧(よろい)を用意しているとも言えるが、逆に無防備に自分をさらけ出す露悪趣味も計算されている。
 読者は彼女の年下というよりは、上の年代の人が多いはずだ。年下から見ると、自分の嫌な未来があぶり出されている。年上の方から見ると、「そうなのよ、やっとわかったのね」という安心感と優越感に浸ることが出来る。
 もう一つ、彼女のエッセイの特徴は、執筆時が特定されない。その年に流行した映画や歌、ファッションなどがほとんど記されていないにもかかわらず、どこか時代の風を鋭敏に描写している。だから、古く感じることが少なく、長期にわたって読者を捕えることになる。

×月×日 日本橋の「たいめい軒」で、矢田美英中央区長8選のお祝いの会。今回は、自民党からの推薦を貰えず、苦戦が予想されたが、蓋を開けてみたら圧勝だった。いったんは出馬を固辞したものの、地元の商店会の旦那衆が署名を集めて翻意を迫った。
 なんといっても、東京を代表する「銀座」の区長だから、無事に責任を全うして、有終の美を飾って欲しいものだ。

×月×日 NHKのEテレで、「神尾米の現代テニス」という番組が始まった。「現代テニス」とは、錦織圭選手をはじめとして、ジョコヴィッチやマレーなど、ドライブを強く掛けるフォアハンドと両手打ちのバックハンドが特徴だ。世界の潮流となっている
 理屈は分かるが、この歳になって今から打法は変えられない。それでも、実戦で試してみると、わずかながら効果のほどがわかる。やはり初心に帰って、基礎からやり直してみるのも価値はある。

×月×日 JR山手線の電車の中で、ジーンズの短パンの上に薄いレースのベールのような布を巻きつけている若い女性がいた。はてさて、面妖(めんよう)な、と気になったので、友人に尋ねてみたら「透け感スカート」と呼ぶのだそうな。 
 一見、ネグリジェ(これも死語のようですな)を着て、電車に乗って来たのかと思った。足をきれいに見せる効果があるという人もいれば、カーテンを巻いているだけで気持ちが悪いといった酷評もある。
 新しい素材がいろいろと開発されていくから、ファッションも日替わりで変化していく。「進歩」なのか、それとも「退化」なのかは分からないけれども。

×月×日 木曜日の朝の通勤時間に東急田園都市線のたまプラーザ駅(横浜市)で女子中学生が電車にはねられる人身事故があった。別に珍しい事件ではない。
 ところがネット上では、女子高校生が「歩きスマホ」でホームから線路上に転落したという筋書きに成り代わった情報が駆け巡った。「同級生がホームで泣いていた」、「ホームのギリギリでのスマホは危ない」とか「歩きスマホは止めよう」などという「実況」が飛び交ったという。警察は「自殺」とみているし、東急電鉄も「スマホ説」は否定している。要するに「デマ」の類だったようだ。「歩きスマホ」と死を結びつけたところが、いかにも現代的だ。
 近頃では、女子中学生が鉄道自殺を企てても、ほとんど新聞の紙面には掲載されない。一部の新聞で、「デマ」としてニュースに取り上げていた。
 古くは関東大震災の時に起きた「朝鮮人暴動」の「デマ」が有名だ。しかし真相は藪の中で、詳しいことは分かっていない。戦争や災害が起こった時に、「デマ」が発生する。「発生」という言葉が、適切かどうかは疑問だが、「緊張と不安な心理」に関係があるからだ。
 外国では、1969年にフランスのパリから100キロほど南へ行った町オルレアンに起こった「オルレアンの噂」が有名だ。オルレアンにあるブティックで若い女性が試着室に入ると、麻薬を嗅がされたり、床が抜けて拉致されて、フランス国外の売春宿に売り飛ばされていく、という話だ。
 日本人の外国旅行が盛んになった頃で、「恐怖の試着室」と話題になった。この話は、人種問題も絡み、「都市伝説」とも「神話」ともいわれる。社会学者のエドガール・モランが1980年に発表した『オルレアンのうわさ―女性誘拐の噂とその神話作用』(みすず書房)で、学術的にも分析の対象とした。
 今回の「歩きスマホ」とは、「悲劇的な若い女性」という共通点はあるものの、時代は異なり、マス・メディアの発展もあれば、コミュニケーションのツールも格段に違う。ネット時代の今だからこそ、もっと多くの新聞やテレビで「歩きスマホ電車事故」のデマを取り上げて欲しかった。
 社会心理学でも格好の研究テーマとなるはずだが、はたして、どんなアプローチが考えられるのだろうか。

×月×日 サッカーの女子ワールドカップで、「なでしこジャパン」はベスト4に勝ち残った。チーム力と得点が一致しないところが、サッカーだが、オランダやオーストラリアよりは、明らかにチームとしての力量は上だった。

×月×日 いよいよ世界のテニス大会の最高峰、ウインブルドン(全英選手権)の大会が始まった。
 白のウエア(下着まで)を義務づけられるなど、格式も高い。
 ロッカールームも、ランク上位選手、本戦登録(ストレートイン)選手、予選勝ち上がり選手と三つに分かれていて、下位の選手が上の選手のロッカールームに入ることは許されないそうだ。さすが、イギリスらしい。
 錦織選手は1回戦をフルセットで幸勝し2回戦に進んだ。足の具合は心配だ。また深夜にテレビを観ることになるのだろう。(15・7・1)
*都合により次回の更新は7月15日になります。

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。