第152回 書評『暗渠マニアック!』の反響、校條剛の『作家という病』(現代新書)を読む

×月×日 相変わらず、「本が売れない」といわれ続けている。初版の部数が、極度に少なくなる一方で、発行点数が増えている。また、古書の買い取り値段が極端に安くなっている。吉行淳之介さんのエッセイにも、「蔵書を古本屋に持って行って、酒を飲みに行った」などとあるが、そんな話は、夢のまた夢だ。
 8月の初めに「週刊朝日」の「週刊図書館」で、吉村生さんと髙山英男が著した『暗渠マニアック!』(柏書房刊)の書評を書いた。いうまでもなく書評は別に著者のためではなく、読者のために書いている。しかし著者から反響があれば、素直にうれしく思う。ネットを通じてだが、大変喜んでいただけたようだ。
 吉村生さんは、「本書そのものの評と他の書との絡め方、体験談とのバランスがすばらしいですね。こんなふうに書けるようになれたら、本当に格好いいなあー、と思いました。濃厚な書評、本当にありがたいことです」との感想をいただいた。
 髙山英男さんの、「重金さんの書評は、われわれの本をきっかけにしていらっしゃるけれど、濃密な重金ワールドをたった1ページで繰り広げていらして、その世界がまた視覚的にも浮かび上がるようで、まるで一編のミニテレビ番組を見ているようでした。そのような方に取り上げていただいて光栄です」という過褒な言葉には、恐懼(きょうく)するばかりだ。
 こうまで言われると、心して「書評」を書かなくては、と身が引き締まる。

×月×日 旧知の校條剛(めんじょう・つよし)さんから新著『作家という病』(講談社・現代新書)の恵投を受けた。元「小説新潮」編集長の著者は、『ぬけられますかー私漫画家 滝田ゆう』(河出書房新社)や『ザ・流行作家』(講談社)などを上梓している。後書は80年代の中間小説誌を中心に一世を風靡した人気作家、川上宗薫と笹沢左保の壮絶な人生を描いた。
 本書は水上勉、城山三郎、渡辺淳一、結城昌治など21人の物故作家を取り上げ、その業(ごう)を分析、追究している。作家の業というのは、一種の「恍惚感」だと位置づける。
 その特異な「恍惚感」への執着がなくては、一字一字文字を刻んで小説を書く難儀な作業はできないと論断する。難儀という意味は、自分自身の命を削ることでもある。
 この種の本を読むと、いつも「編集者」とはいったいどういう職業なのか、という疑問が浮かぶ。編集者にとって、作家は「顧客」なのか、それとも「納品業者」なのか。作家を「人生の師」と仰ぐ編集者もいれば、作品の共同制作者としての存在意義に強く固執する人もいる。あるいは作家の生殺与奪を握っているキングメーカー然として、権力を振りかざすタイプもある。逆に作家のマネージャーあるいは番頭、代理人かと言いたくなるような作家サイドに付く人もいる。
 本書に記された編集者の仕事を見ると、作品の企画、取材から原稿の受け取りはもちろんだが、作家を囲むゴルフコンペの準備、作家が主催する忘年会の福引の景品を買い集めるといった業務まである。よく言われることだが、葬儀の「仕切り」もある。
 著者の体験ではないが、作家を怒らせたため、「ぶん殴ってやる」と、ナイフを振りかざされ、「あわや」という事態が出来(しゅったい)することもある。編集者側に立つと、原稿を書こうともせずに居留守を使い、玄関のインターホーンのコードを引きちぎったまま「籠城」するような作家に対しては、「殺意」を抱くこともあるのだろう。
 本書に登場した21人は、著名な作家とは限らない。評者が、まだ読んだこともない作家も含まれている。有名無名であれ、編集者が作家と付き合う姿勢に変わりはない。良い作品が生まれれば、編集者冥利に尽きるのだが、「良い」の中身が問題だ。著者が携わっていた雑誌はいわゆる「中間小説誌」で、純文学に対して、最近では「エンタメ系」と言われる。芥川賞路線ではなく、直木賞路線だ。いや、新潮社だから三島由紀夫賞ではなく山本周五郎賞というべきかもしれない。
 編集者は常に営業成績を考えなくてはいけない。「純文学」なら、売れなくても許されるところがあるが、「エンタメ系」は売れなくては話にならない。雑誌の売り上げもさることながら、単行本から文庫本まで、書籍化もあるから営業範囲は広い。
しかし作家と作品が掲載雑誌にどう影響するかは、数字になかなか現れてこない。質が悪ければ、諦めもつくが、良い作品に仕上がった自負があり、作家と一緒に喜んでいるのに営業成績が上がらなければ、担当編集者は作家と会社の板挟みになる。前出の川上宗薫と笹沢左保は皮肉なことに、雑誌の人気と書籍の売り上げがパラレルではなかったという例もある。
 出版社によって、得意とする分野とあまり得手でない分野がある。新潮社は80年代当時、「エンターテインメントの出版に関しては素人同然だった」と著者は書く。ミステリーや時代小説をアピールする意欲と能力が薄かったのだろう。松本清張、山崎豊子、司馬遼太郎などの大物作家は、得意の純文学路線からのアプローチが功を奏したに違いない。さらに最近では、ワイルド系から、冒険、ホラーと分野が広がっていく。
 著者は、新潮社で編集長を務めた後、どのようなライフプランを立てていたか分からないが、長いあいだ暮らした文芸の世界を離れて畑の違う「新書編集部」に異動する。この人事は、どうにもこうにも不本意だったらしい。「会社員人生の最も鬱屈した時期で、逆境のさなかにあった」と認め、次のように記している。
 「私の立場はすでに編集長ではなく、文芸編集者ですらなくなっていた。それまでのステイタスを失い、人間世界の裏表を身を以て経験していた頃である」
 異動の挨拶をするために吉村昭を訪ねたら、即座に、「新書で書くよ」と言ってくれた。「執筆をお願いします」とは、ひと言も口には出さなかったのに、である。おそらく口ではない顔のどこかが訴えていたのだろう。吉村は、「あなたと文藝春秋の某氏は、圭角が取れないから社内遊泳が下手なんだと」いう意味のことを言った。
 異動の報告には行けなかったが、その頃、他社のパーティーで黒岩重吾と会ったら、「元気そうやないか」と声を掛けてくれた。恐らく編集者の間で噂になっているのが、耳に入ったのだろう。それから四か月後に、黒岩は鬼籍に入った。
 日本文化の特質として、「護送船団方式」が挙げられる。企業の経済活動に限らず、学術、スポーツ、文化芸能などあらゆる分野に通じ、当然出版界にも見られる。有名作家を巡って、有力出版社が連載や出版の順番を「取りまとめる」のだ。一社が特出することはない。各社が横一線に並ぶのを以って善(よ)しとする。
 著者は、各社の重役や担当者が居並ぶ目の前で、山村美紗から面罵される。せっかく寄稿したのに、自分の名前の表紙の処遇が気に入らなかったからだ。小部屋で各社ごとの面談になり、著者が先頭になって入っていくなり、山村は手を握って次のように言った。
 「あなた怒っちゃだめよ。これは京都のやり方で、本当に怒っているわけではないのよ」
 怒りと屈辱で凍りついていた著者の心臓は、一瞬にして溶解したという。文芸編集者にとって、作家から「出入り禁止」を言い渡されたという噂が立つほどの恥辱はない。満座の席で罵倒された著者を見て、「他人の不幸は蜜の味」と冷たく笑い、同時に「明日は我が身」と戦慄しているのが編集者なのだ。
 もちろん著者が仕事として知り合った作家は、本書に登場する21人だけではない。他にも、多くの現存する作家や画家、漫画家に他社の編集者などとの交誼が有った上で、21人が選ばれているのだ。著者の真意を忖度(そんたく)すれば、本書の21人以外の作家にも、書きたかった人は大勢いたはずだ。
 そのなかには著者が発掘し、育てた作家もいるだろうし、他社の編集者や同業の作家たちによって「芽を摘まれた」人がいるかもしれない。編集者がすべての作家と上手く付き合える訳ではない。プロ野球の選手だって、コーチとの相性によって、才能が花開かないまま消えていくケースは多いのだ。
 作家に限らず多方面の分野の人との出会いが有り、「逆境と鬱屈」を経験したからこそ、400万部を超える記録的大ベストセラー『バカの壁』(養老孟司・新潮新書)と、同じく270万部の『国家の品格』(藤原正彦)を生み出したといえる。その上現在は京都造形芸術大学文芸表現学科の学科長として、次代を担う作家や編集者を育て、さらに文芸史を刻む貴重な本書を世に出すことが出来たのも、「逆境と鬱屈」からの産物と考えたらどうだろう。
 編集者は作家との交誼の過程で嫌な思いをし、プライドを傷つけられて、足元にひれ伏すこともある。しかし時間の経過とともに懐かしく個人とその時代を思いだし、「殺意」を抱いたことも忘れてしまうのが、編集者の業であり性(さが)なのだ。
作家によっては、締め切りのかなり前に脱稿している人いれば、印刷所の応接室に「拉致」されて書かざるを得ない人もいる。編集者にしてみれば、早めに原稿が届いている作家よりも、締め切りぎりぎりに苦労して手に入れた作家の方が「一緒に仕事をした」気になる。これぞ「編者者という病」でなくて、なんなのだろう。病んでいるのは作家だけではなく、編集者もまた病んでいるのだ。
 本書には著者の強烈な自己愛(編集者よりは作家にとって必須な資質だ)とともに、作家や、エンターテインメント文学、さらに新潮社への愛憎が底流に重く、複雑に渦巻いている。それが読んでいて嫌味にならないのは、都会に育った著者の含羞(がんしゅう)と矜恃(きょうじ)があるからだろう。
 この作品は、「小説 校條剛」という「私小説」としても読めるのだ。(15・9・1)
重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。