#154 志の輔の「死神」、仮住まい、サンマと文学、ファイトケミカルスープとガンマーGTP、横綱の品格

×月×日 二か月ぶりの朝日名人会。春雨や雷太「湯屋番」、桂ひな太郎「幾代餅」、入船亭扇遊「三井の大黒」、三遊亭萬窓「佐々木政談」、立川志の輔「死神(しにがみ)」。
 春雨や雷太(はるさめや・らいた)は、まだ「二つ目」。春雨や雷蔵の弟子で、8代目雷門助六の孫弟子にあたる。「雷門」という亭号があるのは、昔から知っていたが、その歴史は意外に古い。由緒ある名跡なのだ。扇遊の師匠、入船亭扇橋は、7月に亡くなった。享年84。
 折しも参議院で安全保障関連法が強引に裁決された日で、志の輔がぼやくこと、ぼやくこと。またよりによって用意していた演目が「死神」ときたもんだ。「死神」には、いろいろな「落ち」が創られているが、志の輔のは、正統派。終盤の死神に謝ったり、懇願するやりとりが聞かせどころだが、ところどころに師匠、立川談志の口吻(こうふん)を感じる。もちろん、師匠よりは上品だけれども。

×月×日 自宅を改築するので、10か月ほど仮住まいをすることになった。歩いて18分くらいのところに家を借りて、引っ越しをする。
 生まれてからこのかた、四半世紀の歴史が有るので、書物や資料の整理が大事(おおごと)だ。断腸の思いでかなり廃棄したが、最も困るのは写真だ。作家の名誉とプライバシーに関わる資料もあるので、もう少し保管しておくことにする。
 外国のレストランのメニューも困る。値段が記されているのは、どこかでエッセイの材料になるのではないかという魂胆と邪心があって残しておいたのだが、もはや活用される機会はなさそうだ。私が主宰した「ワイン会」のワインリストも同じ運命をたどるのだろう。
 こういう整理を「老前整理」というそうだが、実態は「終活」そのものだ。箱詰めしてから取り出す時と昔の家に戻った時にまた「捨てる」品が出てくるのは致し方ない。

×月×日 引っ越し騒ぎの真っ最中に、「週刊現代」誌から、「グラビアでサンマを取り上げる」とかで、「サンマと文学」についてコメントを求められる。佐藤春夫の「秋刀魚の歌」について、熱心に聞いてくるので、「今の若い人は、佐藤春夫なんていっても興味が湧かないのでは?」と言ったら、「読者は60代が多いのです」とのこと。
 かつては、「独身寮雑誌」といわれたものだが。そういえば、「独身寮」というのも、もはや「死語」に近いのかもしれない。

×月×日 一昨年の暮れあたりからγ(ガンマー)GTPの値が190~200と異常に高く、なかなか下がらない。超音波検査をしても病変の気はない。そんなに飲む方ではないが、いわゆる「休肝日」は月に2,3度。中学校の修学旅行から60年以上も飲み続け、酒に関する著作も複数あるから、一種の「職業病」と、言い聞かせてはみたものの、どうにも気が晴れない。γGTPは肝臓の解毒作用に機能する酵素で、飲酒量と敏感に関連する。「休肝日は2日続けないと効果はない」と言われれば、素直に実践し、時には一週間単位で酒を抜いてもみたが、あまり効果は現れない。取り立てて自覚症状もないところから、最も心配したのが胆管やすい臓近辺の特殊な臓器の異変だ。
 後は腹部のCT検査をやるしかない、と考えていた時、ワイン仲間の元「壮快」編集部のA子さんから、「ファイトケミカルスープ」を勧められた。コップ1杯の野菜スープを毎日飲みはじめたら、40日間でなんと135にまで下がった。一応上限値は90だから、まだ高いものの、「悪性の異常」ではなさそうだ。本稿は、あくまでも「個人の感想」の範囲内であることをお断りしておかなくてはならないけれども。
 ギリシャ語で「ファイト」には「植物」の意味があり、「ファイトケミカル」は、「植物がつくる化学物質」と訳される。最近になって、「食物繊維」が5大栄養素(糖質=炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル)に次ぐ第6の栄養素として認知されたが、「ファイトケミカル」は、「第7の栄養素」といわれ、世界中の医療関係者から熱い視線を浴びているのだという。私の高校時代の「家庭科」では、ビタミンとミネラルは、栄養素に含まれなかったと記憶する。栄養学は時代とともに著しく進歩しているが、日本の研究水準がどの程度にあるのかは、寡聞にして知らない。そんなことはどうでもいい。「ファイトケミカルスープ」の中身だ。
 作り方は、いたって簡単。キャベツ、タマネギ、カボチャ、ニンジン、各100グラムを皮のまま食べやすい大きさに切り、水約1リットルとともに火に掛ける。最初は強火で沸騰したら中火に落として30分煮るだけ。注意する点は、ニンジン、カボチャは皮をつけたまま使用する。また、焦げ付かないように琺瑯(ほうろう)など厚手で蓋が重い鍋を用いる。琺瑯でなくても、フランス製の「ル・クルーゼ」などがいい。
 調味料は一切加えないで、スープだけ1日に200~600cc程度を空腹時に飲む。温かくても、冷たくしても構わない。味は、「美味しい」とまでは言わないが、顔をしかめるほどではない。純粋な「野菜のコンソメ」で、残った具材は味噌汁やカレーなどに利用できる。冷凍保存もできるが、具材と一緒に冷凍し、電子レンジで解凍すると、野菜の細胞膜が壊れて「ファイトケミカル」がさらに溶け出すそうだ。要は、「生野菜信仰」を捨て、水を多量に飲むことがガンの予防につながると説く。また皮が大切で、ミカンも皮や袋ごと食べるように勧めている。
 さらに興味と関心があるかたは、髙橋弘麻布医院院長が著した『ガンにならない3つの食習慣 ファイトケミカルで健康になる』(ソフトバンク新書)をお読みいただきたい。

×月×日 大相撲秋場所は、横綱の鶴竜が綱を張ってから初めて優勝した。しかし、11日目の栃煌山戦と14日目の稀勢の里戦に見せた、立ち合いの変化は、頂けない。しかも、対稀勢の里戦では、二度も変化した。
 元大関武双山の藤島審判部長がいうように「個人の相撲観の違い。これでは、優勝しても胸は張れない」なのだが、北の湖理事長やNHKの解説者である北の富士や舞の海の発言を聞いていると、実に歯がゆい。もっと、厳しく批判できないのかと思う。
 鶴竜は、以前にも同じ立会いの変化を見せて、ブーインブを浴びたことがある。まったく反省の色が無い。相撲は、一種の「美学」を重要視する特殊なスポーツだ。「美学」は。「哲学」と置き換えてもいい。使いたくない言葉だが、若い人に分かりやすくいえば、「こだわり」でも我慢する。好きになれない横綱だが、白鵬なら「変化」はしなかったろう。このままでは、相撲の人気は衰退する一方だと思う。
 放送をNHKに独占させている弊害が現れている。(15・9・30)


次回更新は10月14日です

重金敦之(しげかね・あつゆき)

1939年東京生まれ。元朝日新聞社編集委員。「週刊朝日」編集部在籍時に池波正太郎、松本清張、結城昌治、渡辺淳一など多くの作家を担当した。大学教授を経て、文芸ジャーナリスト。食の分野にも造詣が深く、料理に携わる人たちからの信頼も厚い。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、食生活ジャーナリストの会、各会員。『すし屋の常識・非常識』(朝日新書)のほか、『作家の食と酒と』『編集者の食と酒と』『愚者の説法 賢者のぼやき』(いずれも左右社)。最新刊に『食彩の文学事典』(講談社)、『ほろ酔い文学事典』(朝日新書)。