第155回 大きなホームラン、柳家三三の「らくだ」、『春画を旅する』(柏書房)、『最後はなぜかうまくいくイタリア人』(日経新聞出版)、築地「エクロール」のブイヤベース

×月×日 今年のプロ野球も、関心はクライマックスシリーズから日本シリーズへ移ってきた。テレビ中継を観ていると、解説者と実況アナウンサーのやりとりがすべて似たような型にはまって、面白くない。当たり障りのないことばかり喋って、個性に乏しい。
アナ「今のホームランは両チームにとって、大きいですね?」
解説「いやあ、そんなに大きくはありません。フェンスをかろうじて越えただけの、実にちっぽけなホームランでした」
アナ「ピッチャーが投げた球は、何だったのですか?」
解説「野球のボールですよ。表面が牛皮で、いわゆる硬球ですね」
アナ「キャッチャーは外角に構えたのに、投球は内側への逆球(ギャクダマ)になりましたね」
解説「あれは外角に構えて、内角を衝くサインでした。芸が細かいですね。しかし外角のミットが目に入った打者は、逆球のサインを見破って、内角のボールを待っていたのです。出しも出したり、打ちも打ったり、近ごろ稀(まれ)な好勝負です」
 そんな解説者は、いないって……。

×月×日 横浜のにぎわい座で、柳家三三独演会。前座なしで3席を演じる。「看板の一(ピン)」、「三枚起請」、「らくだ」。
 さる長屋で一番の嫌われ者、「らくだ(卯之助)」が河豚(ふぐ)に当たって死ぬ。兄貴分の半次が登場して、酒や煮しめを強引に集めて通夜の真似事をする。いいように使われていた屑やの久六(久蔵)が勧められて酒を呑むうちに、立場が逆転するところが、見せ場だ。
 兄貴分の男には、「やたけたの熊五郎」という通称があるが、最近はめったに言わない。やたけ(弥猛)とは、勇み立って、逸(はや)る様を言う。どうも、元は東大阪の河内(かわち)から出た言葉らしい。河内出身の歌手、中村美律子さんがテレビで言っていた。

×月×日 なにやら、春画がすさまじい人気だ。瀬戸内寂聴さんが、外国の美術館に収まっている春画を観て、「それはわいせつ感などを圧倒するほどの芸術価値に輝いていた」(朝日新聞「残された日々」)と書いている。
 そんな折、春画についての格好の入門書が著された。山本ゆかりさんの『春画を旅する』(柏書房)。著者は大学で日本美術史や浮世絵論を講じる若い女性研究者だ。
 江戸時代、木版で摺(す)られた浮世絵は、まず春本(まくら絵)から広まった。筆で描かれた絵は一枚しか存在しない。版画は、何枚でも摺れる。メディアとしての機能が生まれたことになる。本書は有名作家の解説から、春画に出てくる小道具、また登場する動物たちまで、丹念に資料を博捜し、精緻な分析と解説を施している。さらに「口吸い」と称された「キス」への考察も鋭い。まさに春画は、男女の営みをおおらかに明るく歌い上げた「人間賛歌」ということがよく理解できる。
 そんなことを感じつつ読了したら、「週刊文春」の編集長が、三か月の「休養」を命じられた。春画3点をグラビアで紹介した10月8日号が、「編集上の配慮を欠き、読者の信頼を裏切ることになった」とのこと。「休養」という「処分」は、珍しい。初めて聞いた。

×月×日 旧知のイタリア文化研究家、宮嶋勲さんから、『最後はなぜかうまくいくイタリア人』(日本経済新聞出版社)を送っていただいた。
 実に面白い。イタリア人は、一度に二つのことをやろうとはしない。段取りをつけるのが下手というか、まず目の前の仕事に没頭する。ワインの畑を取材してからボトルの撮影をしようと思っても、ボトルをあらかじめ用意しておくことができない。
 日本人は先の先の仕事まで予測して、段取りをつけておく。あるいは、二つも三つも同時に目配りをする。池波正太郎が好んで用いるところの「気配り」だ。イタリア人は決して二つのことはやらない。目の前のことに、100%集中する、ということでもあるのだが。
 食事や会議も定時よりは必ず遅れて始まる。先に来た人でなく、遅れて来た人に合わせるのだ。また、公私の区別を付けることができない。勤務中でも、私的な会話に興じることがある。決して仕事が嫌いなわけではない。「分業」は苦手だが、自分がほれ込んだ仕事なら、家に持って帰ってでも取り組む。日本には、仕事を優先して家庭を犠牲にする「社畜」なる言葉がある。確か、森村誠一さんの造語だ。その正反対がアングロサクソン系で、勤務外のプライベートな時間を大切にする。
 イタリア人は、仕事も人生と考えて、嫌なものは後回しにして、好きなことに没頭する。順序よく行列を作って並ぶのは嫌い。雨が降りだすと、途端に元気がなくなる。計画性に乏しいから、決して能率的ではないが、最後には何とか格好が付いているから不思議だ。
 お隣のフランスともいろいろな面で、大きな違いがある。例えば、自動車の運転。フランスでは合理的な規則を守って運転する。規則を守らない人間がいることを想定していない。だから規則を無視して、乱暴な運手をする人間には、怒り狂って大声を挙げて罵倒する。
 一方のイタリア人は、自分たちも勝手な運転をするから、相手も規則を守らずに運転するものだと、あらかじめ負の事態を想定している。規則破りの運転に出会っても、とっさに反応できるのだ。イタリア人は「性悪説」を採るといっても、いいかもしれない。だから、泥棒にも寛容なところがある。
 「法令を順守するから、順守しない人間に対して猛然と怒りをあらわにし、無慈悲なフランス人。法令を守らないが、守らない人にも寛容で、充分に対応できるイタリア人。」
 さて、あなたはどちらを選びますか。

×月×日 築地のフランス料理店「エクロール」で、ブイヤベースとワインの会。店主の長谷川豊さんは、まじめ一徹な人。料理も実に端正でスクエアー。海老のミソなども入り、根を詰めて作ったスープと、最も適した調理法を選び時間を慎重に計って、最高の旨味を出したアカハタ、手長エビ、イカ、ツブ貝、カキなどの魚介との組み合わせは、美味の真髄に触れた感がある。
 平たく言ってしまえば、魚介のごった煮であり、寄せ鍋ではあるが、それを洗練させると、ナイフとフォークで食べる極上のフランス料理となる。アイオリソースとトーストしたバゲットの薄切れが、マルセーユの町と港を彷彿とさせた。
 ワインのハイライトは、プロヴァンスのシャトー・ミラヴァルの白(2009)とロゼ(2014)。シャトー・ミラヴァルは、「世界で最もパワフルなカップル」といわれるブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが別荘として使っている。南仏の醸造家、ペナン・ファミリーと組んで造りだした話題のワインだ。
 折しもノーベル文学賞の発表と重なり、残念ながら村上春樹さんはまたも選に洩れた。もし受賞したら、会社に戻らなくてはならないA社のM記者は放免安堵。年内に刊行を予定しているB社のR編集者は残念無念口惜しや。(15・10・14)
 次回更新は、10月28日の予定です